VRChat内のイベントはVRChat内でしか行われないのだから、VRChatどころかVR機器の存在を知らないような世間一般の人々にその魅力を伝える機会は早々存在しない──。
それは順当に考えて当たり前のことなのだから、実際それを受け入れるしかない、と考えていた。
ところが、2023年7月29日と30日に行われたバーチャルマーケット2023リアルinアキバ(VketReal)という現実世界の秋葉原で開催されたイベントが、そんな『当たり前』の認知をいとも簡単に崩していったことを、皆さんはご存知だろうか。
この記事では、
- 私の関わる『私立VRC学園』というVRChat内のイベントを『VketReal』という現実世界でのイベントに出展したところ、VRChatの存在すら知らないような人々にそれを認知してもらえる機会を得られたこと
- そして、それが『今後の仮想空間と現実世界の隔たりを明らかに縮めていける』という実感の得られる機会だったということ
という2つの点について、是非ともVRChatを始めとする仮想空間に関わる皆さんへ共有したいと思い、筆を執らせていただく。
ここでは『私立VRC学園の運営』という視点ではなく、極力『VketRealへ出展した1団体の代表』として、他のイベント関係者の皆様の参考になるような記事を書いたつもりだ。
ただし、出展内容等について触れる際にどうしても『私立VRC学園』としての色が出てしまうことはご了承頂きたい。
この記事ではVketRealの良かった点にのみフォーカスしているが、株式会社HIKKYとして初の大規模リアルイベントとなったVketRealには当然悪かった点も存在している。
しかし悪かった点は当事者に直接伝えて次回の開催に活かしてもらえればよく、この記事で批評あるいは晒し上げのようにそれを紹介した所で何の生産性もない。
そのため、この記事はVRChatの1イベント主催側として感じたVketRealの利点を他のイベント主催者の皆さんにも共有することを目的として、執筆している。
目次
【補足】VRChat内イベント『私立VRC学園』とは
私立VRC学園は、VRSNSであるVRChatを始めたばかりの人や、始めたもののよく分かっていないといった人をターゲットにした、VRChat内で開催されるイベントだ。
具体的には、VRChat内に無数に存在する文化やVRChatでできることを授業のような形式で参加者に知ってもらいながら、一緒にVRChatで遊べる友達を増やし、普段会わないような人とも知り合えるような場所を提供している。
イベントの参加者は1クラス15人程度に分かれ、クラスごとに約1時間の授業を2週間にわたって受けていく。
その授業を通じて、それまでの自分が知らなかったVRChatの文化や技術を知るとともに、自らの可能性に気づき、活動を始めていくきっかけが生まれることがこのイベントの大きな魅力となっている。
【補足】バーチャルマーケット2023リアルinアキバ(VketReal)とは
そもそも『バーチャルマーケット』というのは、メタバース上にある会場で、アバターなどの3Dデータ商品やリアル商品(洋服、PC、飲食物など)を売り買いできる世界最大のVRイベント(※1)である。
そして、そのバーチャルマーケットが5周年かつ10回目の開催を記念して、『バーチャルとリアルが溶け合い、双方が楽しくなる世界』を目指して現実世界のベルサール秋葉原にて開催されたのが、このバーチャルマーケット 2023 リアル in アキバ(※2)だ。
VketRealでは商品の売買が主目的ではなく、どちらかというとバーチャル世界のことを知らない人がバーチャル世界を体験できるような展示や体験コーナーが多く設けられていたり、仮想空間の『バーチャルマーケット』での展示内容を現実世界でも体験できるようなブースが多数用意されていた。
(※1)バーチャルマーケット公式サイト内より引用
(※2)バーチャルマーケット2023リアルinアキバ公式サイト内より一部引用
VketRealに出展した経緯
私立VRC学園というVRChat内の1イベントに過ぎない存在がどうしてVketRealに出展したのかというと、VketReal側からお声がけを頂いたからである。
具体的には、仮想空間の『バーチャルマーケット』のコラボ先イベントとして『私立VRC学園』がコラボしていた縁から、VketRealでもブースを出展してみませんか、というお話を頂いたことがきっかけだ。
というのも、当初は仮想空間上の『バーチャルマーケット』に対して、VRChat上で開催されている1イベントとしてコラボさせて頂く申し込みを2023年4月頃に済ませていただけだった。
しかしそのコラボが決まった最初の打ち合わせで突然、『7月末に秋葉原で行うVketのリアルイベントに私立VRC学園様も出展しませんか?』とのお誘いを頂いたのだった。
もちろん、私立VRC学園というイベントは仮想空間上でのみ開催されているものであり、現実で何かをするといった事は当然なかった。
参加者が自主的にオフ会を開くといったことはあったが、それもイベント内の小さなグループ単位で開催される程度だった。
とはいえ、『2週間もの間200人近いプレイヤーを巻き込み、対価を得ることなく学校のような場を用意する』ことを累計10回以上繰り返してきたのが私立VRC学園の運営メンバーだ。
そんな私達が『リアルとバーチャルを結びつけるリアルイベント』という既存の概念をぶち壊すような面白い話に食いつかない訳がなく、私立VRC学園はVketRealに出展することに合意したのである。
当日までの準備
記載内容はあくまでも『バーチャルマーケット 2023 リアル in アキバ』のものであり、今後開催されうるバーチャルマーケットのリアルイベントでこれと同様の形式で準備を進めたり、同じような展示を行うかは不明である。
そのため、以下の内容はあくまでも参考情報として捉えて頂きたい。
調整役の ふららん さんと連絡を重ねていく中で、ざっくりと以下の内容が決まった。
- 展示ブースの壁や床、パネル、ポスター、その他展示に必要な動画再生機器や雰囲気出しのための道具はVketReal側が手配してくれる
- 展示ブースの壁や床の見た目は私立VRC学園側で指定する。また、私立VRC学園として頒布するチラシやグッズ、再生する動画等は自分達で用意する。
つまり、参加者に渡したり見せたりするものは自分達で用意する必要がある程度で、展示ブース自体に必要な機材や道具の手配やその設営はほとんどVketReal側が担って下さっていたのだ。ありがたい話である。
私立VRC学園としては、『私立VRC学園のことを知らない方向けに説明を行うためのブースにしよう』という方針のもと、説明のための簡単な2つ折りパンフレットやチラシ、そして動画プレイヤーで再生する紹介動画をどうにか準備した。さらに、私立VRC学園の校章を模したピンバッジを大量に発注し、記念グッズとして当日に有料で頒布することにした。
VketRealに、そして私立VRC学園のブースに一体どれだけの人が来てくれるのかが分からなかったため、頒布物についてはいずれも500程度の数量を準備していた。最悪在庫を抱えても次の機会があるだろう、と覚悟していた。
なお、東京に宿泊した開催前夜から翌朝にかけて突発でいくつか展示物を用意したりもしていたが、それはまた別の話である。
当日の様子
VketReal当日は、ベルサール秋葉原という施設の地下1階に私立VRC学園を含めた複数VRChatイベントなどのブースが用意された。「果たして本当に人が来るんだろうか」と少し不安だったが、蓋を開けて見ると要らぬ心配だったことが分かった。
なぜなら、地下1階には当初の予定よりも前倒しで開場となるほどの待機列ができており、開場後も入場規制が敷かれるほどの人気ぶりだったからである。
あまりに来場者が多いことに比例してブースでの接客の忙しさも増し、開場中にその人々の多さをまともに撮影する暇がないほどだった。
なお、VketRealの公式アカウントによると、VketRealの延べ来場者数は4万人だったそうだ。
入場規制の影響もあり、地下1階に来た人数は1万にも達していなかった、いやもっと少なかったのではないかと思う。
しかしながら、500部程度刷ったはずの私立VRC学園紹介用パンフレットがいつの間にか全て捌けてしまっていたため、地下1階には少なくともその2~3倍の人数が来ていたのではないだろうか。
得られたもの
大雑把に見積もって数千人が私立VRC学園のコラボ展示がある地下1階へ来て下さったのだが、それによって得られたものを挙げるとすれば以下の2つだろう。
- 自分達のイベントに参加したことがあるVRChatプレイヤーが沢山来てくださった
- VRChatのことを全く知らなかった人々に対して、自分達のイベントを通じてバーチャル世界の可能性を伝えることができた
自分達のイベントを知る方々がたくさん来てくれた
1つ目は、一見当たり前かもしれないが、とてもありがたいことにイベントに参加したことがあるVRChatプレイヤーの皆さんが顔を見せてくださったことだ。
如何せんイベント関係者が1000名を超えているイベントゆえに訪れてくださったVRChatプレイヤーの数も多く、それによって自ブース周辺が埋まりそうになってしまいブース付近の整理誘導を何度か行うことになった。
そうしてイベントに参加したことがある方は導線を遮らない側に寄ってもらうことで、私立VRC学園のことを知らない方へアプローチしやすくするように工夫していた。
0からでもバーチャルの濃い部分を知る機会を提供したVketReal
どちらかというと、これまでのイベントでは考えられない効果となったこちらの方が重要な点だ。
私立VRC学園を含め、VRChat上で開催しているイベントは当然ながらVRChatを知らないユーザーに認知してもらうのは困難だ。
私立VRC学園はVRChatを始めたばかりのユーザーもターゲットに据えているので外部へアプローチしやすい部類のイベントではあるが、それでもVRの世界に触れたことがない人々にVRChatを始めとする仮想空間や、その中で開催される1イベントに興味を持ってもらうのは容易いことではない。
しかし、そういった人たちの目にさえ留まってしまえば強烈な印象を与えることができるのは、過去にYoutubeなどの外部メディアでVRChatのイベント等が取り上げられた際の反響からも伺うことができる。
そして今回のVketRealは、『VRの世界を知らない人にVRの中の文化を知ってもらう』にはうってつけのイベントだったのだ。
そもそもベルサール秋葉原という開催場所自体が定期的に様々な催し物の開催場所として使用されている場所だ。
加えてメイン会場となる1階部分は屋外から扉なしで直接入っていくことができる作りになっている。そのため、よく分からない内容でもなんとなく入っていける環境がとても構築しやすい開催場所なのだ。
今回のVketRealでも、立ち入りやすい1階のこのスペースがふんだんに活用されており、『バーチャルに興味がない人でもバーチャルを体験できる』ようなオリジナルのブースや企業ブースが数多く配置されていた。
これにより、どんな人でもバーチャルの世界になんとなく興味を持てるきっかけ作りが行われていた。
さらに、イベントの内容に興味を持った方向けにリアル謎解きイベントが用意されており、その中にはVRChat始めとし、私立VRC学園を含む仮想世界の『濃い』部分が集まる地下1階への誘導が含まれていたのだ。
これらによって、それまでバーチャルとの関わりが無かったがバーチャルになんとなく興味を持った人でさえもバーチャルの中の文化に触れられるような導線が、VketRealというリアルイベントだけで完成していたのである。
実際に、私立VRC学園のブースに来て下さった方の中にはVRChatをやっているけど私立VRC学園を知らないという方も居たうえに、VRChatの事を何も知らないという方も多かった。
正確に人数を数えた訳ではないが、応対した方のうち3~4割はそういった方々だったのではないか、と感じている。
そういった方にVRChatや私立VRC学園について伝えていくと「思ったよりもアバターの見た目が千差万別で魅力を感じる」とか「最先端の取り組みだと思う」、さらには「VRChatを体験してみたくなった」といったお言葉を頂くことができたのが、とても嬉しい瞬間だった。
私立VRC学園のブースに来た方々が今後VRChatを始めるまでの効果が得られているかは不明瞭だ。とはいえそういった人々に対して仮想空間にしかない自分達のイベントの存在を認知してもらうことができただけでも、類稀なる効果が得られたようなものだろう。
準備してみてよかったもの
私立VRC学園として出展するにあたりいくつか用意したものがあるが、そのうちVRChatを知らない方にもウケが良かったものをいくつか紹介させて頂く。
自イベントの紹介ムービー、パンフレット
バーチャル世界を何も知らない人に対して『VRChatやその中のイベント』という新しい概念を言葉だけで伝えるにはやはり限界がある。そのため、画像や動画を併用しつつ訴えかけるほうが圧倒的に理解してもらいやすかった。
ちなみに、パンフレットは運営メンバーが入稿用ファイルを作成して業者に発注し、動画は日頃からお世話になっている WithVR という団体に制作して頂いた。
世間一般の方に目にして頂く以上、自分達以外の力を借りてでも見栄えやクオリティにこだわっておくに越したことはないだろう。
自イベントの参加者名簿(卒業生名簿)
こちらは元々、私立VRC学園に参加者したことがある方向けに参加当時のことを懐かしんでもらうために用意した、言ってしまえば内輪ノリのような展示物だ。
ところが、VRChatのことを知らなかった人に対してはバーチャル世界のアバターの多様性を視覚的に伝えるという予想外の効果を生み出すことができた。
VRChatのインスタンスを表示したノートPCとマイク
VRChatが動くゲーミングPCを持っていた運営メンバーがブース内でVRChatにログインし、インスタンスを開いてVketReal会場に来れなかったVRChatユーザーに来てもらうことを促すことでセットアップ完了。
VRChat側からは会場の様子を覗くことはできないが会場の声は聞こえており、会場とボイスチャットを通じて参加者と交流してもらうことができた。
それまでバーチャルに触れたことがない方に、実際にマイクを通じてインスタンスにいるユーザーと会話してもらったり動くアバターを実際に見てもらうことで、VRChatの魅力を鮮明に伝えることができたのだ。
さいごに
この記事では、VketRealというイベントが、バーチャル上の文化を外部へと発信する新たな機会になることを実感できたということを紹介させていただいた。
バーチャルな文化、特にVRChatで生まれた文化は、約5年というわずかな期間にも関わらず無数のものが生まれては成長し続けている。それらを外部に知ってもらう機会は早々得られるものではなかったが、VketRealというバーチャルとリアルが溶け合うイベントにより現実的な可能性が生まれ始めている。
こうしたバーチャルとリアルの混じり合いにより、それぞれがどう変化していくのかは予測がつかないものだ。リアルのものが今まで以上にバーチャルに進出するようになったり、逆にバーチャルのものがリアルでの活動を広げるようになったりするかもしれないだろう。
変化することは挑戦であり、挑戦には恐怖や反発が付き纏う。
だが、『常軌を逸することを恐れてはいけない。なぜなら、いま当たり前と思われていることは、どれも初めは奇妙だったのだから』という言葉の通り、今の自分達が将来の当たり前を生み出しているのだと信じて、バーチャルとリアルが交差するより良い未来を信じて、これからも自分達にできることを続けていきたい。