オリジナル演劇作品を有料ミュージカル化。『鹿 The VR MUSICAL』千秋楽をシカと見よ──『劇王Virtual』優勝作の更なる挑戦。

鹿』──それはとある演劇の作品名。『劇王Virtual2025』を勝ち抜いたmaropi工房が作劇・披露した演目で、ほぼ鹿シカ登場せず、それでもたシカに演劇の体を成シ、カといって何とも掴みどころのない作風、シカしながらそんな不たシカな脚本に思わず笑えてしまう魅力を持つ、それが『鹿』というコメディ作品でした。

『劇王』とは、規定の少人数で役者を定め、自作の脚本を持ち寄り、自分たちの演出で、短時間の演劇を披露して競い合う大会形式のひとつです。長らく“リアル演劇”で催されたものでしたが、2025年に一般社団法人メタシアターの主催で、初のVRChatにおける開催が実現し、その優勝作品が『鹿』だったというわけです。

単なるミュージカル化ではない、強化された見応え

『鹿 The VR MUSICAL』は正面にメインの舞台が据えられた、360度全天球型の鑑賞体験が設計されている

『劇王Virtual』はその性質上、いわゆる“短期決戦型”の即席的な勝負が求められる側面があります。演目の時間も20分までと制限されており、メンバーを集めるところからはじまるチームも珍しくはありませんでした。

その意味で、優勝作品の『鹿』においても荒削りな面は否めません。もちろん大会の構成や意義などを含めて、そうした手作り感こそが魅力なのだとも言えます。

『鹿』は、自らを神の使いであるとする“鹿”たちが、近代化する人間社会の中で“ただ観光資源と化してしまう”現状を嘆き、人間に迎合して鹿せんべいをねだるのか、あくまでも気高い“鹿”であろうとするかの葛藤をドタバタと描いた作品です。

説得力があるかのようでほとんど勢いだらけのギャグとも言える作風ではありますが、20分の制限下で繰り広げられる脚本は小気味良く進行し、なんかわからんが良い話風に納得させられちゃう感じの爽やかな余韻を味わえます。

※『劇王Virtual2025』での演目はYouTubeにて閲覧可能です。ぜひご覧ください。

VR演劇と聞けば、とにかくニッチなジャンルだと想像されてしまうかもしれません。実際に、VRChatプレイヤーの中でも真剣に演劇へ取り組もうとされる人々は、恐らく多数派とは言えないでしょう。

そんな中でも、年に数回のオリジナル脚本の公演を継続する骨太な劇団が存在します。それが『鹿』を演じたmaropi工房です。バーチャルライフマガジンでも度々、その作品群のレビューを通して紹介しています。

自作の脚本という点を鑑みれば、短期間で高頻度の制作だと言えるでしょう。そうした経験が、『劇王』のスタイルに対して強みとして生かされたのかもしれません。

ですが、彼らの勢いは優勝だけにはとどまりませんでした。優勝から1年を待たずしてミュージカル化した『鹿 The VR MUSICAL』の開催を実現させたのです。

360度全天球型の舞台へ進化

『鹿 The VR MUSICAL』は、その名の通りミュージカル作品として生まれ変わりました。

ミュージカルとは音楽が主体となっている演劇で、セリフのほとんどが“歌唱”として表現されるのが特徴の形態です。ドラマや演劇を見ることはあっても、ミュージカルには触れたことがないという人も少なくはないと思います。

「コメディだった『鹿』がミュージカル化って何??」というのが取材を通した最初の正直な感想でした。ある種、勢いで笑いを誘うタイプの作劇が、どのようにして音楽的な表現となってしまうのか、それだけでも興味は尽きません。

しかしながら、『鹿』をただ音楽的にしただけではありませんでした。大会のルールという制限が無くなり、より作り込める環境となったことで、舞台装置や脚本も含めて大幅に加筆・強化が施されていたのです。

観客席の背面側には、サブ的な舞台があった

まず、観客席の正面にメインとなる大きな舞台が用意され、観客を取り囲むように通路があり、背面にも小さな舞台が据えられていました。更に、上空を飛び交う演出も多用されていて、さながら歌舞伎の舞台のような印象を受けます。

仮想空間だからこそ行える素早い場面転換は大胆なデザインの変遷で目まぐるしく、照明効果や配置物が『鹿』と比べてかなり充実していました。『鹿』が短期決戦の手作りで勝負されたのであれば、『鹿 The VR MUSICAL』は本当に腰を据えて作り込まれたのだろうと実感できます。

勢いだけじゃない──ちゃんと感動しちゃうし、やたら良い歌声が聞こえる

「いま何を見せられてるんだ?」 その1 スタイリッシュ鹿ソング

なんかやたらとスタイリッシュな鹿ソングが始まったりするので面食らってしまうわけですが、その中身は「とりあえず人間から鹿せんべいもらっちゃえばいーじゃん」みたいな内容だったりします。

かと思えば、巨木に乗った神様っぽい雰囲気の鹿がやたらと野太く通る声でお告げを述べてくれたりと、こちらの情緒を落ち着かせてくれません。後で聞いたところ、本格的にオペラの経験を持つ役者さんが参加してくれたとのことで、人数制限のあった『劇王』からの環境の違いを強く感じる部分でもありました。

「いま何を見せられてるんだ?」 その2 降りしきる鹿せんべい

観光資源化とバズによる地域文化の破壊。よくある議題といえばそれまでですが、『鹿』の中で語られるのはそうした文化的な問題です。あくまでも鹿を中心とした視点で、鹿せんべいを見るだけですぐに釣られてしまう姿を通して、人間視点である観客へ押し付けすぎない塩梅が保たれています。

どこまでが人間の都合による暴走なのか、鹿が鹿らしくあるとはどういうことか。奈良に行ったことのない筆者の視点では、道で見かける鹿という存在がどれほど自然的なのか、はたまた観光資源的であるのかは判断がつきません。

キラキラとした表層的な“映え”の楽しみは短い観光の中で取り得る最大限の方法だとも言えます。また同時に、粛々と苔むすように重ねられた歴史を背負って佇む姿にこそ、凛としたものを感じられるという魅力もあります。

物語は、人も鹿も“今を見すぎてしまった”ことへの過ちを認める形で締めくくられます。いや、めっちゃベタベタな展開ではあるんですが、それはそれで感動できるものですね。

「いま何をみせられてるんだ?」 その3 大団円 割れるクソデカ鹿せんべい 踊るクソデカ大仏

20分でまとめられていた『鹿』からは想像できないほど豊富な楽曲、この感じでそんなにキレキレのダンスやるんだっていう意外感、ちょっと真面目になった社会問題と、そしてやっぱりなんだか分からない勢いある演出で、充実と感動を与えてくれるミュージカル。それが『鹿 The VR MUSICAL』でした。

VRChatでもまだまだ数少ない例である有料チケット制での公演となった『鹿 The VR MUSICAL』ですが、初日の公演は不具合により延期となってしまうなど、全てが順調だった訳ではありませんでした。VRでの新たな挑戦へ、その難しさを感じざるを得ません。

不具合については販売された分への補填として追加公演が決定され、いよいよ明日19日が千秋楽となります。

『鹿 The VR MUSICAL』挑戦への想い──maropi工房インタビュー

今回の公演に際し、maropi工房のmaropiさんへインタビューを行いました。

──ミュージカルへの挑戦はいつ頃から考えていたのでしょうか。

maropi

ミュージカルをやろうとしていたのは実は2023年末からでして、はるきねるさん(編集部注:『鹿 The VR MUSICAL』音楽担当)へ2023年末に私から「VRでミュージカルやりましょう!」とお話させていただいたのがきっかけでした。

ただそこからなかなか脚本が書けなくて、気がつけば2年以上経ち、ようやく今回の公演まで実現できたという感じです。

『鹿 The VR MUSICAL』をやろうと思ったのは去年(2025年)の秋頃でして、『鹿』という作品を自分でもかなり気に入っていたこともあり、だったらミュージカルにもしてみようと思うに至った、という感じです。

──有料チケット制への判断理由や想いを教えてください。

maropi

今回、はるきねるさんをはじめとした様々なプロの方にも関わっていただいている公演となります。

こういった公演を持続可能とするためには、将来に向けた第一歩として有料チケットでの公演に踏み出していく、ということが必要と考えた次第です。

また、maropi工房としても今年から有料公演にチャレンジしていきたいと考えていたところでしたので、思い切って踏み切りました。

──発売開始当初のチケットは完売だと伺っています。

maropi

チケットは売り切る。これは主催としてのミッションだと思い、絶対に売り切る覚悟でした。ありがたいことに思ったよりも早く売り切れました。

ギリギリまでチケットを売るような想定でしたが、VR現地で観たかったという方々みなさんにお届けできない状況となるのは想定以上でした。

それにもかかわらず、初日公演が中止となってしまい、チケットをご購入いただいた方々を裏切ってしまう形となってしまいました。本当に心から申し訳なかったです。

役者やスタッフの方々にもご協力いただき、なんとか二日間の追加公演を用意させていただき、初日公演をご覧いただくはずであった方々に代替公演を用意いたしました。
そして、残ったチケットを追加で販売させていただいたところ、それも完売となり本当にありがたい限りです。

期待に応えられるよう、全力を尽くしておりますので見届けていただければと思っています。

──劇王での『鹿』と比較して、想像以上に異なる内容だと感じました。

maropi

舞台に上がる役者さん以外にも、脚本や裏方などでメンバーの違いがあるかと思います。

ストレートプレイの演劇と、ミュージカルとで媒体の違いがあるので同じものにはならない想定でした。

その中で作品のコアとなる部分は残しつつ新しいエッセンスも取り入れ、ミュージカルとして楽しんでいただけるものにした、という感じです。ミュージカルの楽しさ、素晴らしさが伝わってほしいな、といった思いでした。

──全体を通して感じられたことがあれば。

maropi

ミュージカルは会話劇と比べて技術的なハードルがかなり高いです。

今回の公演は本当に色々な方の協力のおかげで成り立っております。役者・スタッフの皆さんはもちろんですし、ギミックをご提供いただいた方や、チケット販売についてはGugenkaの皆様にもとても助けていただきました。
制作に関わっていただいた皆様、そして、何よりチケットをご購入いただき、ご観覧いただいた皆様に心から感謝しております。

有料で届けるからにはもっと安定的に、安心して観ていただけるようでなければならない。この点は今後も積み重ねていき、更に面白いものを届けることを目指していきたいです。

『鹿 The VR MUSICAL』公演情報

公演名  :『鹿 The VR MUSICAL』
開催日程 :
 2026年4月14日(不具合により延期)
 2026年4月15日
 2026年4月21日
 2026年4月22日
 2026年5月13日(追加公演)
 2026年5月19日(追加公演)
公式サイト:https://shika.maropi-kobo.com/
公演料金 :1,100円 税込

◆千秋楽YouTube配信◆
2026年5月19日の千秋楽はYouTubeライブでも配信されます!!
https://www.youtube.com/live/xtHivwHKS3E?si=szSm8d_rVpstlLnK

投稿者プロフィール

trasque
trasque
タスク崩せない人です

記事中でTrasque本人が使用しているアバターは
以下に権利表記を示すとともに、直接使用許諾の確認を頂いております
・『ナユ』『プラチナ』:有坂みと 様
・『キプフェル』:もち山金魚 様
・『ヌノスプ』:©トノダショップ 様