【VRインタビュー】メタバース空間で女性として過ごす蘭茶みすみさん。それぞれの性を体験して感じた『苦労』と『相互理解』

メタバース空間では現実の性や年齢関係なく、誰でも自分の理想の姿で過ごすことができます。

現実の肉体とは違う性別の人間として過ごしたり、同じ性でも現実とは違うイメージの姿で過ごしたり。

しかしながら姿を変えることは、その姿の属性の良さを手に入れるとともに、苦労も味わう事となります。

そうした“違う身体”になることで得られた気づきと、それによって得られる相互理解の可能性について、現実世界では男性と過ごし、メタバース内では女性として過ごす蘭茶みすみさんにお話を伺いました。

蘭茶みすみさん(@L_ancia)

VRでさまざまな不自由を克服する『肉体廃止』をテーマにVTuberをしているほか、noteやYouTubeでVR生活の体験や感じた事を発信。
VRChat内では不定期で『空から日本を見る会』のイベントスタッフを行っている。

メタバース内で女性として暮らすようになった始まり

ーーーみすみさんがVRChatを始めたきっかけを教えてください。

VTuberやバーチャルといったコンテンツが好きで、私自身も2018年からVTuberをやっていたんですね。もともとLive2Dで配信などをしていたのですが、私のキャラクターを3D化した時に、もっといろいろな活動をしてみたいなと思いまして。

それでVIVEを買って、2019年の10月辺りからVRChatを始めました。

その当時、ちょうどVRoid Studioというオリジナル3Dキャラクターが作れるアプリケーションが出てきまして。

私はモデリングとかは出来ないんですけども、VRoid Studioだったら自分の絵柄みたいな感じで3Dキャラクターが作れるので。

それでVRChatに遊びに来たという感じです。

ーーー Live2DのVTuberとしての活動がスタートという事ですが、VRChatに来てからはどのようにこの空間を活用しているのでしょうか。

それはもう色々やってますね。

まずは“存在している”という事というか、生きているというか(笑)

友達と会ったり、好きな人と一緒に過ごしたり、イベントに行ったり、イベントを開催したり…具体的何をしてるのかって言うと難しいですけど、仕事が終わって入ってから寝るまで、毎日3~4時間ぐらいずっとVRChatに入ってて生きてるといった感じです。

ーーー“存在してる”っていう表現いいですね。
よくVRChatの中で時間を過ごしている人を“VRChat民”なんて表現したりしますけど、文字通り“民”なんですよね。
みすみさんもそのなかの1人という事なのですね。

そうそう、ここで生きてる民族みたいな。

ーーーみすみさんはVRChat含め、メタバース空間では女性の姿で生活している訳ですが、なぜ女性の姿で過ごされているのでしょうか。

これはVRChatを始めるずっと前から、それこそ小学生とか中学生の時からのものなのですが、ずっと女の子になりたかったんです。

実際に性転換手術のような大掛かりなことは出来ないのですが、ずっと女の子になりたいという気持ちはあって。

それこそVtuberやVRChatが出てくる前から、ツイキャスとかSkypeで女の子の声を出しながら女装して女の子として振る舞って、ある意味自分の存在を“女の子にする”といった事はやっていたんです。

VRChatのアバターの見た目も等身大の女の子にようにしているんですが、これもキャラクターとしてではなく、現実にいる女の子として過ごしたかったからなんですね。

ただトランスジェンダー(※1)と言えるほど強い思いがあったのかと言うとそうではないのですが…。

ーーー『ちょっと別の性別になりたいな~』って言う気持ちって、そんなに珍しいものではないと思います。
現実ではある程度の壁を越えないと性転換ってできないじゃないですか。

性自認にものすごく違和感があって、カウンセリングも何年も通って、それでやっと手術…みたいな。

でもその覚悟がないと性別を変えて名乗ってはいけないのか?というとそんなことなくて。
現実の肉体は生物学的な特徴から男と女という二元論で語られがちですが、グラデーションってありますよね。

男っぽい趣味が好きな女性の人とか、女の子っぽい趣味が好きな男の人とか。

ええ、私も『完全に女の子になるんだ!』っていう気持ちと『別にならなくてもいいかな』っていう気持ちのちょうど真ん中らへんというか。

現実で男性として生きていってもそんなに辛さはないけど…でも自分が自分じゃないな、みたいな。それくらいの違和感なんですよね。

ーーーそういった方って現実世界にもたくさんいらっしゃると思います。
そんな方々がメタバース空間で好きな姿で過ごせるってなんか夢がありますよね。

そうですね、メタバース空間では誰でも自由な姿を選択して生きていけますから。
今まで“性”という、人生を2つに分けるような大きな壁が、メタバース空間だとただの記号でしかない…つまり服みたいなレベルまで性の意味が小さくなるのはとても過ごしやすく感じています。

だから、トランスジェンダーの方はもちろん、私みたいな『できればなってみたいな』っていう人だったり、それ以外の人、別に女の子になりたいと思ってるわけじゃないけど、体験として女の子になってみたいとか。

性転換だけでなく、もともと女性の方でも『現実ではこうだけど実際はこういう女の子になりたいんだ』っていう方でもその姿になれる。誰でも思い立てば姿が変えられるというのは画期的だと思います。

ーーー確かに。同性であっても違うタイプの性になれるというのは良いですね。

例えば髪をピンクに染めたいと思っていても、現実で髪の毛をピンク色にしたらなかなか暮らせないじゃないですか。

でもメタバースの中では簡単になれるわけです。

女性の姿が日常になった瞬間

ーーーメタバースの中を女の子として生きていて何か変わったことはありますか?

Live2Dの配信をしていたときとか女装をしていたときとかは、女の子になる瞬間って言うのは特別な瞬間だったんですよね。

『よし、今から女の子になるぞ』みたいな。

そういう晴れ舞台というか、今までは魔法少女みたいに変身して戦うみたいな覚悟が必要だったのですが、でもVRChatの中ですと、1日に2~4時間、多い時には6時間ぐらい入ってますから、本当に自分が『蘭茶みすみ』という女の子として生きているというのを感じられるようになりました。

VRですから自分の身体を鏡で見ても女の子の姿をしてますし、動きやしぐさも女の子として過ごせる状態が日常として実現できたというのはすごく変わったポイントだと思います。

もう、生まれたときから女の子なんだ、ってくらい自然な感覚で過ごすことができます。

ーーーそうですよね。VRだとちゃんと肉体が立体的にある訳ですもんね。
本当に自分の身体みたいに動かせますし。

はい。なので会う人みんなが私を女の子であることを前提として私と関わってくれるんです。
それが普通、みたいな。

それこそ、私が女の子である状態を前提として私の事を愛して下さる方とかもいて。

普通に仕事行く時とかは男性としているんですが、帰ってきた後はずっと女の子として生きていけるんです。

ーーー現実世界で男性として過ごしている時と、メタバースの空間で女性として過ごしている時、周りからの扱かわれ方の違いなどはありますでしょうか。

う~ん、男性だからとか、女性だからというよりも、その人その人で人間関係の距離の取り方も違いますし、立場によっても扱いって変わるじゃないですか。

現実世界では男性として過ごすのは仕事の時くらいなのですが、男性だから人との距離の取り方や取られ方が変わるといったことはそんな無くて。
私も職場の相手も、性別関係なく普通に一般的な仕事としての対人関係を築いていると思います。

あと面白いのが、VRChatの中で『蘭茶みすみ』という女の子として会った人と、現実で男性の姿の私会っても別に距離感とか態度が変わる事ってないんですよね。

もしかしたらもう、私やメタバースを過ごす人たちの中では完全に『性別』っていう括りの概念が無くなっているのかも。

何にでもなれるから性別という記号がある意味意味を成さなくなっていて。

ーーーなるほど…!
言われてみたら確かにそうですね。男性とか女性とかである以前に人間関係ですもんね。
男性だからといって一緒くたに同じ扱いを受けるとか、女性だからみんな同じ扱いを受けるとか、そんな事は現実でも言うほどなくて。それよりもその人個人のパーソナリティによって人の扱い方・扱われ方は変わりますよね。

多分、仕事するような感覚で性別によって扱いを変えていたら、それこそセクハラみたいになっちゃうと思うので。

違う肉体になる事で体験する“それぞれの立場”

ただ、セクハラ…というとメタバース内で1つ経験があります。

ある日私が1人でメタバース空間を歩き回っていたときに、初めて会った知らない人物に抱き付かれ、いきなり腰を振られたことがあります。

私は自分の事を女の子として見てほしく思っているのですが、でもそれ以前に人間性を尊重してほしいんです。

蘭茶みすみさんのnoteより

そういった体験をしたときは嫌悪感もそうですし、私の存在を否定して、表面的な特徴だけでそういう性対象にされたのがすごい悲しかったんです。

もちろん、大切な人に身体を触られるのは好きなのですが、そこまで距離が近くない人とかにそういう事やられると『私の事何も知らないのに何でこういうことしてくるんだろう、私のこと知らないのにこんなにくっついて来ないで!』という気持ちになって…。

ーーー怖さみたいなのもありますよね。

そうですね。
人間としてのやり取りを省略して、それを飛び越えて自分のテリトリーの中に入って来る気持ち悪さというか。

人と人との距離って空間的な距離もそうですが、時間的なものもあると思うんですね。
その人と過ごした時間の長さとか、濃度とか。

そういう事をしてくる人って空間的な距離も飛び越えてくるんですけど、時間的な距離も飛び越えてくるというか。その他にも見ず知らずに人やあまり親しくない人にいきなり撫でられる事とかもありました。

それで、私の現実世界のパートナーに『こういう事があって…』と話したら『それって普段女性が感じてる事だよ』って言われて。

電車の中でじろじろ見られたりとか、身体を触られたりとか。
私はVRで女の子になったことで、現実世界で女性が経験している体験をメタバース空間でも体験するようになったんです。

ただ、私はそれで『~~が悪い』とかいうのは言いたくなくて。

体験としてはあまりいいことではないんですけど、自分とは違う属性を持つ人の良さや悪さとか、違う属性の人の人生そのものを自分の体験として感じることができるのは画期的だな感じました。

ーーー確かに、今回はみすみさんが女性になって体験した事という話でしたが、例えばバーチャル空間で女性が男性になったときに体験する嫌なことみたいなのもあると思うんですよ。
例えば背の高い筋肉質なアバターにしたら他人から距離を取られたとか、年齢の高いアバターを使ったら気持ち悪がられたとか、そういうのってあるんじゃないかなって思って。

そうですね。VRで違う身体になることによって人間関係を学ぶきっかけになるだろうなと思います。

誰にでもなれるから誰の気持ちでも分かる

ーーーバーチャル空間で好きな姿で過ごせることで、人間関係はどう変わっていくと思いますか。

さっきの私のエピソードとも被るのですが、VRではアバターを変えることで、その身体を持つ人の社会的な苦労を体験することができます。

それぞれがお互いの立場を経験して、気持ちを知ることができるという事は相互理解が深まるきっかけになるのではないかなと思います。

みんな同じ体験を出来るわけですから『どっちが偉い』とか『偉くない』とか、そういうことが言えなくなるんですよね。『あなたは違う属性の人じゃないか、私の苦労を体験してないでしょ』というのが言えなくなるんです。

だから比べること自体がくだらないものになっていくというか。

ーーー確かにそうですね。
今までのそういう“属性が違う人たち同士の言い合い”というのは、お互いがその人になれなかったから、空想で戦っていたというのもあるんじゃないかなと思いました。


そうなんです。今まではその人になって体験できたわけじゃないから『いや、それは違うでしょ』とか『実は嘘でしょ、そんなことないでしょ』なんて言って、ある種無駄な争いが発生していたわけですけど、これからはVRでどんな立場の人にもなれる、となるとすべてがフラットになるというか。

お互いの事を知らないというのが理由にできなくなるんですよね。

これまではお互いの体験と言うのは絶対に共有できなかったじゃないですか。
なので本当想像に任せるしかなかったんです。『女性の方が大変だ』とか『いや、男性の方が大変だ』とか。

でもVRで体験すれば、そもそも比べること自体が間違いであるというのが分かります。

だから『どっちが可哀そうか』みたいな競争をすることが無くなって『私はあなたの感じている体験をしたし、あなたも私の感じている体験をしたし、じゃあこれを一緒に解決していくにはどうしようか』という前向きな話に進めると思うんです。

もちろん、まだ今の技術では肉体的な感覚まで再現されているわけではないのですが、もし将来的に、例えばですが、生理痛に悩んでいる女性の感覚をフィードバックして“生理痛のつらさを体験できる装置”みたいなのが出来たら『本当につらいのか』とか、同じ女性の中でも『どっちが酷いのか』みたいな話ってできなくなると思うんですよね。

あぁ、みんな違ってるけど、それぞれがそれぞれの体験をしてるんだ』って言うのが分かりますから。

ーーーそれは素晴らしいですね。確かに、皆同じ体験をしていたら『一緒に解決していこう』ってなりますもんね。

ええ。
もし今後VRが一般に普及していったら学校の道徳の授業の時に男女入れ替えてそれぞれの気持ちを体験させるとか、障害を持っている人の生活を体験してみるとか。
そういった事もできるんじゃないかなと。

VRChatだと既にもうVoxelKeiさんのワールドで近視の人の見ている世界が体験できるVRワールドが公開されていたりします。

あのワールドなんかは、まさに他者の体験を知るきっかけになる物なんじゃないかなと思うんですね。

体験の格差というのが無くなると、どんな立場の人でも尊重される未来が来るのではないかなと思っています。

そうやって全てがフラットな状態になった上で、初めてなりたい自分になれるんじゃないでしょうか。

全てがフラットになった状態ってユニバーサルな状態じゃないですか。
全てが平均化された、ゼロになった世界。そのうえで、さらにプラスして自分の好きな姿を追い求めていく。
私はこれを個人的に“メタバーサル”と呼んでいます。

ユニバーサルと言うのは全てが共通された、普遍的な、という意味がありますが、VRの普及によって、私たちの存在は“メタ”…つまり普遍的を超えた存在になっていくのではないかなと思っています。

※1トランスジェンダー…生まれた時に割り当てられた性別が自身の性同一性またはジェンダー表現と異なる人々を示す包括的な用語

投稿者プロフィール

みつあみ やぎこ
みつあみ やぎこバーチャルライフマガジン元編集長
やぎこだよっ!バーチャルの楽しいことたくさん発信していくよ!