なりたい姿になれるメタバース。
現実の年齢・性別・人種関係なく、在りたい姿を自分で選択して過ごせるのがこの世界の魅力の1つです。
オンラインゲームなどでは古くから自分の性別とは違うキャラクターで遊ぶ行為はありましたが、メタバースの世界では3Dアバターと肉体の動きがより密接な関わりを持つようになっています。
そうした中、バーチャルで美少女のアバターをまとって活動する“バ美肉(バーチャル美少女受肉)”と呼ばれるカルチャーが新たな自分の表現方法として誕生し始めています。
理想の“かわいい姿”になれるバ美肉をする事で、人々のコミュニケーションはどのように変わっていくのでしょうか。
目次
バーチャル×ジェンダーの研究者、ミラさん
ーーミラさんはスイスのジュネーブ大学でアジア学の修士号を取得しているそうですね。具体的にはどのような研究をされているのですか?
現在はバーチャル環境におけるセクシュアリティについて研究を行っています。
その中でも特に日本人男性ユーザーのバーチャル女装、バーチャル美少女文化などを研究しています。
最近では修士論文『バ美肉:バーチャルパフォーマンスの背後にあるものテクノロジーと日本演劇を通じたジェンダー規範の争奪』という論文でジェンダー分野の学術賞『プリ・ジャンル』を受賞しました。
欧米の研究者でバ美肉に関する学術論文を発表したのは私が初めてなんですよ。
ーーバ美肉というのは日本のカルチャーの中でもまだマイナーなカルチャーだと思いますが、なぜバ美肉について研究しようと思ったのでしょうか?
個人的な話にはなりますが、10代の頃『cross-dressing(クロスドレッシング)』をして遊ぶのが好きだったんです。
いわゆる日本でいう所の女装とか男装というやつですね。
それから、リアルだけじゃなく、ネット上でもそうしたある種のロールプレイングのような事をしていて。
ネットの中では猫ミミ娘になったり、少年キャラになったりして遊んでました。
ーーミラさんもある意味“バ美肉”に近い遊びをしてらっしゃったんですね。
そうですね。
それから、日本のカルチャーにも興味があって。
同じく10代の頃、インターネットで日本のロリータファッションの写真を見たんです。
そこからだんだん日本のサブカルチャーにハマっていくようになって。
ヴィジュアル系、ヤオイ、乙女ゲーム…そして2019年に日本のVTuberの文化の流れから“バ美肉”の存在を知るようになりました。
ーーゲームのキャラクター選択で異性のキャラクターを選んで遊ぶ…というのはよくありますが、バ美肉はまたちょっとニュアンスが違いますよね。
はい。この日本のバーチャル文化って、ジェンダーロールと何か密接な関わりがあるんじゃないかと思って。
それでバ美肉の研究を修士論文のテーマにしよう!と思ったんです。
“バ美肉”は海外にもあるカルチャーなの?
ーーところでバ美肉は海外にもあるカルチャーなのでしょうか?
私はアジア研究を専攻していたため、他国の文化について熱心に研究していた訳ではないんですが…。
個人的な観測として、MMORPGやSecond Life、VRChatなどの仮想世界においては、男性が女性的なキャラクターを使う文化があることは知っています。
ですが日本のバ美肉文化との類似性があるかどうかは正直わからないですね。
ーー特別“美少女になりたい!”と思ってなくても、普通に気に入ったキャラクターを使いたいからという理由で違う性別のキャラクターでゲームを遊ぶことはありますもんね。
バ美肉について、定義を言うのであれば『テクノロジー、空間、動き、コンテンツ、ファッション、その他の要素を用いることで可愛いキャラクターとなり、それぞれが 「理想の自分 」と「なりたい自分」として生きている状態』と言えます。
ーー意識して『この姿がなりたい自分だ』と思っているところが“バ美肉”の肝なのですね。
そうですね。
もちろん単に流行だからバ美肉したいと思ってる人や、女性でもそうした『なりたい姿で在りたい』という気持ちでバ美肉をしている人もいると思います。
それからバ美肉には主に“承認”“保護”“認知”の欲求を満たしたいという欲求が秘められてる事が多いです。
可愛いと思われるために、彼らはバーチャルな美少女として生活しながら、テクノロジーや美少女のステレオタイプを通して、既存のジェンダー規範にハッキングし、オルタナティブな男性らしさを創造しているのです。
バ美肉と対人コミュニケーション
ーーバ美肉をすることで、人とのコミュニケーションに違いが生まれたりするのでしょうか?
私が行ったバ美肉をしている男性51人への調査の結果では
・美少女になることでよりわがままになれる
・感情を表現できるようになる
という回答が見られています。
ーーバ美肉になると感情の表出が比較的されやすくなるんですね。
そうですね。
特に日本には伝統的な男性的価値観(強くなければならない、重い責任を負わなければならない、多くのお金を稼がなければならない、感情を表に出してはならない)がまだ強く残っているので、見た目が美少女になることで、こうした抑制した感情に気づくことが出来るのです。
ーーかわいいですね!って見た目を褒められるとか、無条件で愛される存在になることでワガママを言いやすくなるのかもしれませんね。
はい。ただ、だからと言って現実の人間関係の在り方まで変わる例はそう多くはないようです。
あくまでもそれはバーチャル空間だけの物であって、現実の仕事や学校では通常通りのジェンダーの役割に戻ってしまうみたいです。
日本の演劇とバ美肉文化
ーー先日ジェンダー分野の学術賞『プリ・ジャンル』を受賞した修士論文では、日本の演劇文化からバ美肉について考察しているそうですね。
日本の演劇とバ美肉についてはどのような関係性があるのでしょうか?
これはバーチャル美少女ねむさんがNHKの番組『ねほりんぱほりん』内でバ美肉と人形浄瑠璃の類似性について述べていたことがキッカケで考え始めた事なんです。
他にもウェブ記事でバ美肉が女形と類似していることを述べているものがあったり、VTuberの人気は、人形浄瑠璃、3DCGキャラクター、最先端技術の組み合わせから生まれるという事を考察している人がいて、私もその視点をもとに研究を始めました。
人形浄瑠璃っていうのは、人形を操って物語を表現する日本の伝統芸能です。
人形を操っているのは後ろにいる黒子ですよね。
でも観客は後ろにいる黒子を見ることはありません。
みんな人形の動きが作る物語を見ているんです。
これってバ美肉にも同じことが言えるなと思って。
【バ美肉おじさん】
— NHK ねほりんぱほりん (@nhk_nehorin) January 8, 2020
ねむさん「京都の枯山水ってあるじゃないですか。実際には水は流れてないんだけど、石の形によって思いをはせる。要するに、ないものをあるものとして感じる“見立て”の文化。バ美肉はこれと同じ日本的な文化だと思う。なので、美少女は枯山水」。 #ねほりんぱほりん pic.twitter.com/yd9tUbmmDT
他にも日本には“枯れ山水”という、水を用いずに岩や砂などで山水を表現した日本庭園の様式があります。
物質的な面で見ると実際にはホンモノではないのですが、でもホンモノだとして扱う。
つまり、バ美肉と言うのは見立ての文化なんです。
ーーなるほど、実際にはホンモノではないけど、ホンモノとして扱うのがバ美肉なんですね…!
じゃあ『そんなこと言って身体は美少女じゃないじゃん』っていうツッコミは『枯山水とかただの岩じゃん』って言うくらいナンセンスな事なのか。
アバター文化とメタバースの価値観
ーーこの先、メタバースの文化が普及していくにあたって、アバターを持つという事が普遍的な世界になってくるのではないかなと思います。
もし全人類がアバターを持って生活するようになった時、人の価値感や考えはどのように変化していくのでしょうか?
そうですね。
メタバースが普及するにあたり、現実とは違う新たな価値観や社会規範の構築を試みる集団がこの先現れていくんじゃないかなと思います。
ですが、それにより多くの人々の価値観が変わるかは分かりませんね。
例えば、現実世界の伝統的な価値観はバーチャルの世界にも存在しますし、バーチャルの世界で新たな仮想社会を作っても、現実の世界の行動が変わるとは限りません。
とはいえ、今後ますます興味深い仮想文化が出現すると思います。
人類学者として、とてもエキサイティングな時代ですね!
ミラさん(@BredikhinaL)
スイス ジュネーブ大学にてバーチャルカルチャーの研究をしている研究者。
日本のVTuberやバ美肉などの現象が人間のアイデンティティやコミュニケーションに与える可能性について着目し、様々な研究レポートを発表している。