VRChatのイベントといえば接客を受けるイベントがよく例としてあげられるが、ユーザー同士が店員を交えて交流するBarイベントをご存じだろうか?
Barイベントにも様々な種類があり、その中でも静かな雰囲気の中でお酒と会話を楽しむ、いわゆる正統派の「Authentic bar(オーセンティックバー)」というBarの形式を模した『Midnight Bar Cosmos』が僕のお気に入りだ。
水曜23:00に営業するこのBarには、『わくわくコミュニティツアー』にお互い参加したご縁で行くようになった。
落ち着いた雰囲気とマスターや一部のバーテンダーがカクテルを出す際に、そのカクテルにまつわる薀蓄(うんちく)を語ったり、尋ねると教えてくれたりする。
それを通して毎度違うカクテルを知るのが楽しみで、僕はタイミングが合う時はここに足繫く通っている。
『會舘ジンフィズ』との出会い
6月のある日。目まぐるしく変わっていく界隈の状況もさながら、そこへの対応に制限をかけるようなリアルの諸事情も相まって僕は焦り、ままならぬ現実と自分自身に少し疲れていた。
いつものカウンターにつくと、マスターのツユツバメさんが声をかけてくれた。
「いらっしゃい。オーダーはどうしますか?お渡ししているメニューにないものも作れますよ。」
このイベントが採用している「カクテルシステム」はなんと百種類以上のカクテルを作成できるようで、イベントのメニューとして提示している品目はその中でも知名度が高い「定番」のカクテル+αに留めているのだそうな。
半ばヤケになっていた僕は、マスターに無茶ぶりをしたくなり
「……疲れた男の再起に添えるような、一杯をくれないか?」
そんなポエミーなオーダーをしてみた。するとマスターは一考した後、徐にシェイカーを振り始める。
しばらくすると白いカクテルが目の前に現れた。
「『會舘ジンフィズ』でございます。」
「マスター、こいつは一体どういうカクテルなんだい?」
あんな抽象的なオーダーからどのようなものが出てきたのか、すごく興味があった。
「戦後の日本ではGHQの将校クラブだった『東京會舘(かいかん)』で作られた、ジンをベースとした歴史のあるカクテルです。」
「立場上おおっぴらに飲めないGHQの将校が、朝から飲むために傍からは酒だと分からないようなカクテルをバーテンダーに注文したのが発祥です。」
なるほど、そんな由来があったのかと当時の情景に想いを馳せてみる。朝から酒を飲みたいなんて相当な有様だ。
こいつは一方的な思い込みだが、当時のGHQの労働環境はあまりよろしいものではなかったのかもしれない。仮にそうだとするとこの『會舘ジンフィズ』からは二通りのストーリーが感じられる。
戦後日本で働くバーテンダーにとっては明日を生きるために出した一杯で、またGHQの将校にとってはやってらんない仕事を乗り切るための一杯で、どちらにしても「今日を生きるため」の一杯だったんだろうかと。
そう思うとこの目の前のカクテルからは「まずは今日を強かに生きてみろよ」といったようなメッセージ性を感じる。
しかしまだ僕はこのカクテルを飲んではいない。これがいったいどういうものなのか、とても気になった。
『會舘ジンフィズ』をリアルで味わい、VRの世界について思った事
『Midnight Bar Cosmos』での体験の後しばらくして、ご縁から『バーチャル沖縄』のスタッフ面々とお話する機会があった。
焼き鳥屋で食事をしたのち解散の流れとなったタイミングでスタッフの一人、Cooさんに少し訊ねてみた。
「Cooさん。このあたりで良い感じのBarを知りませんか?Barに興味がありまして。特に、メニューにないものでも作ってくれそうなところがあれば。」
「それでしたらここなんてどうでしょうか?」
紹介されたのは、『Bar Daisy』
美栄橋(みえばし)駅から徒歩1分圏内にある、本格的なカクテルが楽しめるオーセンティックバーだ。
ビルの階段を上がり、扉を開けて店内に入る。少し緊張しつつもカウンター席でメニュー表を見ていると、バーテンダーさんから話しかけてくれた。正直にこういう場所は初めてで勝手が良く分からない事、『會舘ジンフィズ』に興味があってここに来たことを伝える。
するとメニューにそれはなかったが材料があったので、ありがたくも用意してもらえることになった。
念願の『會舘ジンフィズ』とのご対面だ。一口含んだところミルクの味しかしなかったが、後からしっかりとジンが効いてきて「これは立派なカクテルだ」と僕に認識させてくれる。
ミルクに隠して酒を飲みこむこのスタイルに、先生にごめんなさいを言って頭を下げておきながら腹の奥底では中指を立てている。そんな小賢しい悪ガキのような反骨精神を感じた。
実際に飲んでみて確信した。なるほどこいつは確かに「再起に添える一杯」に違いない。いいセンスだ、マスター。
飲みながら店内を見渡してみた。会話を邪魔しない程度のボリュームでジャズが流れる中、カウンターやテーブルを囲みながらバーテンダーさんやその場に居合わせた客同士で語らっている場の雰囲気は『Midnight Bar Cosmos』で感じたソレと大差なく感じた。
そこでふと思った。
「VRChatでリアルの何かしらを再現したワールドでの体験は、リアルのそれの下位互換である」という言説がネガティブな文脈で語られる場面をちらほらと見かける。実際にBarやカフェのイベントは体験として大部分を占める要素である「飲む」ことがまだ出来ない。確かに体験の割合としてはリアルのそれと比較すると0.5あたりだろう。
が、しかしその0.5が自分にとって新しい世界のものであり、VRを通してリアルで展開される1に興味が湧いたのなら、その0.5は時に1とは並べられない方面で価値を持つのではないか。
「Midnight Bar Cosmos」で交流していた本職がバーテンダーではないマスターと、Barに行ったことのない僕。いわば偽物のバーテンダーと偽物の客。
だがその偽物同士のやり取りが一人を現実世界のBarに誘い、本物の客とすることができたのだ。あの瞬間から今後の僕の人生には「Barに一人で行く」が行動の選択肢として入ることとなった。
この流れ、実は結構凄いことなのではないだろうか。
日頃からSNSなども相まって大量の情報に振り回される現代。自分の限られたリソースは自分の好きなことや益をもたらすものに費やしたい。僕は「タイパ」なんていちいち言うまでもなくだいたいの人がそんな感じなんじゃないかと思っている。
だとすれば、自分の知らない領域は基本的に見えない。もし見えたとしていても自分の知らない領域には、自分にとって身近であったり親しみを持っている「自分の世界の領域」を経由してでないとそこへ踏み込むに至らない。
実際僕はバーテンダーさんがカクテルを作っているYouTubeショート動画を何本か観てはいたが「面白いものがあるんだな」の認識で留まり、Barに足を踏み入れることはなかった。VRChatという「自分の世界の領域」であらかじめ疑似体験をしていたからこそ、重たい鉄の扉を開けて現実のBarの空間へ入っていくことが出来た。この扉の話は機材の用意だったり、新しいサービスを利用してみることなどにも言えるのかもしれない。
「ここに面白いものがあるぞ」と強く示すのはその界隈の当事者で、それを踏まえて「そこに行ってみたい」と強く思わせるのはあらゆる人の世界に溶け込める人である。全部が全部そうではないと思うが、まあそういうこともありはするんだろうなと。いずれにせよ、どちら側にも意味はある。
そういう側面からするとVRの世界というのは「VR」という共通言語の下あらゆる0.5の体験が多くの人にとって身近なものとなり得る。誰かにとって何かを成すハードルが低い世界は、また誰かにとって何かに踏み出すハードルの低い世界でもある。
その世界で味わう0.5の体験の数々が新たな1の蓄積へと繋げてくれる。無関係だと思っていた領域へと次々に踏み出していくきっかけを与えてくれる。そして1を知ったあとの0.5はこの空間を作った人がどこまで再現をしようとしたかの想いがある程度汲み取れるようになり、さらに味わい深くなっていくのだ。
かつて「メタバース」という言葉が広がった中で謳われていたであろう「世界の拡張」なんて大仰な言葉で表現された景色は、案外こんなものなのかもしれない。
『オールド・パル』が示すものとは
『會舘ジンフィズ』を実際に味わって知った後の、9月のとある日。
この日は昨今の新規ユーザー大量流入の影響もあってか営業時間中は満員の状態で入れなかったが、イベントの終了後に挨拶だけでもと店員がまだ残っているインスタンスに顔を出した。
「いらっしゃい。イベントはもう終わってここからはバーテンダーがドリンクを出すも出さないも自由な感じでやっていますよ。」
「盛況だね、マスター。やっぱりスタンミさん由来での大量流入かい?」
「そんな感じですね。まあせっかく来られたのですから、一杯やりますか?」
また、あの時のように意地悪をしたくなってしまった。
「マスター、目まぐるしく変わるこのVRの世界でこれからのぼくたちはどうあるべきか。その問いに応えてくれる一杯をおくれよ。」
マスターが一考する。いくつかの候補から絞り込むため少し長めに考えていたらしい。
今度はウイスキーに似た、オレンジがかった赤いカクテルが現れた。
「『オールド・パル』でございます。」
「マスター、こいつは一体どういうカクテルなんだい?」
「禁酒法が敷かれた頃にアメリカで生まれた、世界的に有名なカクテルです。ライウイスキーとカンパリを組み合わせたカクテルでその名前には『古い仲間、友人』という意味があります。」
「『古い仲間』かぁ、ちと抽象的にしてみるとずっと供にある何かしら、みたいなものを指すんだろうかね。」
「古くから飲まれているカクテルですからね。時代に合わせて変わりつつも、変わらずにいるものがあるからこそ愛されるのかもしれませんね。」
自分にとって「変わっていくもの」「変わらずにいるもの」とは一体何なのだろうか。そこに想いを馳せながら緩やかにグラスを傾ける。
何か考えてそうな感じが伝わったのか、マスターが一言添えてくれた。
「そういえば、『オールド・パル』のカクテル言葉は「想いを叶えて」だそうです。」
そうか。「想いを叶えて」か。
今宵もどこかで誰かが、何かしらの想いを叶えている。
絶えず変化しつづけるVRの世界も、そういったところだけはこれからも変わらないのだろう。少しだけ、そんな気がした。
Midnight Bar Cosmos
毎週水曜日 23:00~
グループインスタンス開催vrc.group/COSMOS.7512
初めての方でも丁寧にご案内致しますので、お気軽にご来店下さい。
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X: https://twitter.com/bar_cosmos_