Skeb創設なるがみ氏に聞く、新たな事業『ポリゴンテーラー』とVRカルチャーについて


『作家と共に歩む』という理念のもと誕生したイラストコミッションサービス『Skeb』
クリエイター文化の発展を担ってきた『Skeb』に続き、なるがみ氏は新たな事業として『ポリゴンテーラー』を計画している。

VRカルチャーを活性化させる事業『ポリゴンテーラー』により、VR文化はどう変わっていくのか、そして現在VRカルチャーについてなるがみ氏に話を伺った。

クリエイターの地位向上をミッションとして立ち上げられた『Skeb』

「特に日本において作家さんの地位は低いです」と話すなるがみ氏。
この原因はクリエイターが自信をもって作品を発表することができない事に起因しているのではないかとなるがみ氏は考察する。

クリエイターの自己肯定感の薄さや自信の無さから、交渉することなくどんどんと自らで価値を下げてしまう現状を鑑み、クリエイターの地位向上を目指して創設したのが『Skeb』だ。

クリエイターが自信を持てないのは自身の作品に対する謙虚さの他に、交渉スキルの有無も関係している。
クリエイティブ活動で対価を受け取るとなると、作品自体の完成度だけでなく、事務的な知識やクライアントと円滑にコミュニケーションを行うスキルも求められる。

しかし作家側は絵を描きたいのであって、そういった煩雑な雑務をしたいわけではない。
そこで、思い切って依頼に関するコミュニケーションコストをゼロにしたのが『Skeb』の大きな特徴だ。

これは依頼を行うクライアントにとっても利点になるという。
逐一細かな連絡を行う必要もなく、これまでは場合によっては相場より低い金額を提示してしまい、それで晒されて炎上してしまうというリスクもあった訳だが、『Skeb』には『おまかせ金額』という1つの指標が表示されているので、金銭面でのトラブルも少なく、利便性が高いものになっている。

『ポリゴンテーラー』構想:VRコミュニティを活性化させる3つのプラン

こうしてクリエイター視点でのコミッションサービスで支持を集めた『Skeb』
なるがみ氏は『Skeb』で培ったノウハウを承継し、次なる事業としてVR文化を活性化させる『ポリゴンテーラー』企画を画策しているそうだ。

ポリゴンテーラーには3段階のプランがあるとなるがみ氏は説明する。
まず1つめに画策しているのはアバター改変代行サービスの『ポリゴンテーラー』だ。

むたさんが制作したオリジナル3Dモデル『キッシュ』 VR SNSユーザーの中でも人気でファンにより様々な改変が行われている。

現在VRハードウェアの販売は劇的に伸びており、それに伴い、年数を追うごとにVR SNSの需要は高まっていくと予想される。
今後VR市場の成長とともにアバター販売市場も伸びるだろう。

しかし現状のアバター販売市場の問題点として“ユニクロ化”が挙げられる、となるがみ氏は語っている。
つまり、現在、高品質のアバターが非常に安価にECマーケットで販売されているが、そもそもアバターの品数が目視で毎日チェックできるぐらい少ないので、そのアバターを着ると『あぁ、アレね』と一瞬で分かってしまうのだ。

そうしてみんなが同じものを着ていると、だんだん差別化したくなってくる。
例えば髪の色を変えてみたり、どのアバターでも自分と分かるようなトレードマークを入れてみたり。
そういったアバターの“改変”は現在コミュニティーベースで盛んに行われている。

だがアバターの改変を行うにはゲームエンジンのUnityの知識や3Dモデル制作に使うソフトの技術を勉強しなくてはならない。

自分のお気に入りのアバターで過ごすためには莫大な学習コストが発生し、決して気軽に楽しめるものではないのが現状である。

また、アバターの改変において、VRユーザー中には改変のセンスのあるユーザーが多く存在するが、アバターのライセンス問題により、個人間での改変代行が難しい点もアバター遊びのハードルを上げている一因だ。

これをプラットフォームベースで解決するのが『ポリゴンテーラー』である。

ポリゴンテーラーの仕組み

『ポリゴンテーラー』は改変代行を引き受けるクリエイター『テーラー』に改変を依頼し、自分だけの個性的なアバターを手軽に手に入れることができるサービスだ。

特徴的なのは、『ポリゴンテーラー』を介して依頼すると、もとのアバター制作者にも収益の分配が行われることである。

例えば、1000円で5000円のVRChat向け3Dモデルのシャオマオを改変したいというクライアントがいたとしよう。
しかし改変代行をしている人がシャオマオを持っていなかった。その場合は6000円で依頼を行う。
そうすると依頼料の1000円は改変代行者に、5000円はアバター制作者に分配されるのだ。

つまり改変を依頼された側がそのアバターを持っていない場合、そのアバターの値段が依頼料の中に含まれるという事である。

制作した作品を販売することも出来る

『ポリゴンテーラー』にはもう1つ面白い仕組みがある。
例えばクライアントが2万円でシャオマオ用の水着を作ってほしいと依頼する時、依頼を受けた『テーラー』がシャオマオを持っていなかった場合、先ほどの例になぞり、2万円の工賃+アバターの販売費用5000円が上乗せされ、2万5000円の依頼料が発生する。

そしていざ水着が完成したらとても良い出来上がりで、この水着をみんなにも使ってほしいと思った時、クリエイターと依頼者が同意したらそれを即座に商品化できるのだ。
その場合、水着を作ったクリエイターと提案したクライアントだけでなく、シャオマオの原モデル作者にも利益が分配される。

この仕組みにより、これまで素体の販売が中心であったアバター販売の文化から、服の販売の需要が増えると予想される。

服や小物であれば見た目のアイデンティティを保てたままファッションを楽しめる上、モデリングをする側にとってもモデリングのコストが少ない。
こうして気軽に誰でもクリエイターになれるのが『ポリゴンテーラー』だ。

モデリングだけじゃない、様々なスキルでクリエイトが出来る世界に

VR SNSユーザーが開催している交流イベント。VR空間では規模の大小問わず毎日のようにイベントやライブが行われている。

先ほど述べたアバター改変やファッションの企画は『3Dモデラー』に限定した経済の話だ。
だがVR SNSの楽しみはモデルの改変だけではない。現在VR上では様々なライブやイベントが行われている。

『ポリゴンテーラー』の第2段階では3Dモデラーだけではなく、もっと広い範囲でクリエイターが収益を得られるようにしたいとなるがみ氏は画策している。

これにより、音楽イベントや展示会、占いやセミナーなど、個人・団体問わず様々なサービスの予約と決済が出来るようにすることを目指しているそうだ。

VRプラットフォームを跨いだ個人間送金の実現へ

そして最終的な段階としてなるがみ氏が実現したいのが、STEAM VRのプラグインとして個人間送金アプリを実装するというシステムだ。

例えばVR空間上でライブをしている人がいたら、その場でシュッとギフト券が送れるような仕組みである。

これはポリゴンテーラー内で使えるポイントとなっていて、受け取ったポイントでアバターを買ったり、他のコンテンツに使えるようなものになっているという。

この構想の画期的なポイントはSTEAM VRのプラグインなので、VRChatだけでなく、clusterやバーチャルキャスト、Chillout VRなど、任意のVR SNSで横断して使う事が出来る点だ。

これらの企画は2年以内に実装するとなるがみ氏は述べている。

VRクリエイターの地位向上を『ポリゴンテーラー』で解決する

なるがみ氏いわく、VR SNSは若いユーザーが多いという。
最先端技術に興味のある大学生や専門学生が多く、Unityの知識や技術に長けている人も多い。
だがユーザーが若いゆえに、仕事を受けた経験が少ないという点がクリエイターとして弱みを握られてしまう部分であるそうだ。

「最近聞いた話で、とある企業案件を受けた子がいるんですが、そうしたら謝礼が5000円のアマゾンギフト券だったという話を聞いて。

中間の企業が数百万円で持ってきた話を、たかだか5000円で渡しているわけですよ。」


しかしなぜこんなに酷い条件をクリエイターが引き受けてしまうのか。
その答えの1つに、他に案件がないからだとなるがみ氏は考察する。

「5000円のギフト券を貰った彼が、仮にアバター改変を生業としていて、その売り上げが月に50万とかあれば、5000円のギフト券の報酬の案件なんて受けないですよね。
『ポリゴンテーラーで稼いでるんでいいです』って断れるんですよ。」

現状のVRプラットフォーム内事業はまだ市場が開拓されておらず、ほとんど競合がいない状態であるという。

このような環境では相場感もほぼ1社が独自で作り上げることができる上、低賃金であったり、場合によってはやりがい搾取で無償で人を使う事も出来てしまう。

そこにクリエイターの自己評価の低さも相まって、クリエイター側が『お金なんて…』という姿勢でいると、企業はそれを『ラッキー』だと思い、タダ乗りしてしまうというデフレーションが発生してしまうのだ。

技術を持っている人が使い捨てにされてしまう、焼き畑のような人材の使い方をする企業ででしか働けない環境ではなく、クリエイターがきちんとした成功体験を積める環境を作るため、ポリゴンテーラーがそうしたVRプラットフォーム内事業の競合会社になればクリエイターの収入も増えていくのではないか、となるがみ氏は画策している。

「Skebの運営を行っている中でも、クリエイターさんの中で『10円から募集させてほしい』という要望が一番多いんですが、『自分なんかの絵でお金なんてとってもいいんだろうか』とか『クライアントさんが満足してくれるんだろうか』とか思ってしまうんですよね。

でも実際、Skebの最低金額の3000円でコミッション募集をしても1万円とか払ってくれるクライアントがたくさんいるんですよ。
そうするとクリエイターさんは『あっ、自分の絵を求めてくれる人がいるんだ』と自信がつくんです。」

こういった『Skeb』の構想と同じように、ポリゴンテーラーも、自身の技術に自信を持てない人でもきちんととした対価を受け取ることにより『あなたの技術はすごいよ!』と価値を認めてくれる人の存在に気づいたり、『自分のことを求めてくれる人がいるんだ』と自信をつけるきっかけになるサービスになっていくことが期待される。

旧来のモデルである“1つの会社から縦割りに金が下りる構図”とは違い、ポリゴンテーラーのような“横の繋がりで経済が循環していく構図”は今後のクリエイティブ文化の活性を図る上での主軸となっていきそうだ。