VRの新しいエンターテイメントを開拓し続ける劇場『テアトロ・ガットネーロ-The Auction-』レポート

1月14日から新公演が始まった『テアトロ・ガットネーロ-The Auction-』

昨年4月から本格始動したこちらのアバター劇場は、VRの中でプロの演劇が見れるという事でユーザーの間で大きな話題となっている。

今回の公演を最後に療養のため実質的な引退を宣言したカソウ舞踏団団長のyoikami氏曰わく、今回の公演は『今後20年はこれを越えるVR劇は出ない』と語るほど完成度の高い作品に仕上がっているそうだ。一体本公演ではどのような劇が繰り広げられるのだろうか。

これまでのテアトロ・ガットネーロの公演とはガラリと印象が変わった、本格的な演劇の様子をレポートしよう。

入場待ちの激戦のため公演数を大幅に増やしての開幕

テアトロ・ガットネーロは、3Dモデル制作会社『黒猫洋品店』が主催するアバター宣伝を兼ねた演劇イベントだ。

『VRChatに小さな経済を作る』という事を目標に、3Dモデラーのみならず、パフォーマーやイベント運営、司会業など、様々な人が少しずつでも『仕事』という形でその能力を評価されてほしいという願いからこの劇場が誕生した。

VRChat上に特設されたイベントホールはワールドのキャパシティの都合上、1公演につき約50名ほどしか入れない。VRChatのワールドは先着順で入場が行われるため、毎回ワールドに入るためのJoin戦争(入場争い)がたえないのだが、今回の公演では前回の好評を受け大幅に公演数を増やしての開幕となった。

演劇を務めるのはVRパフォーマー集団の『カソウ舞踏団』

現在団長のyoikami氏を筆頭に、tarako氏、えーすけ氏、koua氏の4名体制でパフォーマンスを行っている。今回の『-The Auction-』では、演武パフォーマンスと演劇の2部構成でステージが行われた。

“動くマネキン”に魅了される観客たち

テアトロ・ガットネーロの見所は、アクターが“動くマネキン”としてステージに立ち、パフォーマンスを行う点にある。

アバターにあわせて動きや魅せ方を変える、世界観の引き込み具合はすさまじく、開幕と同時に観客たちを虜にしていた。

第一部ではGOLDENTAKASAN制作のマオトゥのアバター販即が行われた。スポーティーなアバターのイメージをアピールするため、カンフーの動きを取り入れたパフォーマンスを披露する団員たち。

VR空間を通じて目の前でアクターが動く様は圧巻だ。

時にはアクターが客席まで降りて歩き回ってくれるサービスシーンもあるので、360度好きな角度から動くアバターを眺め放題だ。こうしてアバターが動いている姿を見ると着用イメージが具体的に想像できる。

アバターマニアなユーザーのみならず、VRに慣れていないユーザーも『自分もこういう風に動いてみたい』と購買意欲がそそられること間違いななしだろう。

もちろんステージの演技はアバター制作者と密に打ち合わせを行い、制作者のイメージに添った形で行われる。

主目的はアバターの販売促進であるが、アバター制作者からしたらこうして自身の制作したアバターが命を宿し、大勢の観客から歓声を浴びている姿を見るだけでも感慨深いものがあるのではないだろうか。

衝撃の展開が待ち受ける無声演劇

第一部の公演が終わり会場が暗転。
再び明かりが灯ると目の前には下着姿の少女がうずくまっていた。

突然の出来事にざわつく会場。
演武によるパフォーマンスが中心の第一部とはガラッと雰囲気が変わり、第二部では観客を巻き込んだストーリー仕立てのショーが始まった。

もちろんこの劇もアバター制作者のモデルイメージに添ったプロモーション演劇だ。
だがアバターの宣伝という事を忘れるくらい衝撃的な始まりに観客は戸惑い、顔を見合わせていた。

『さぁ、いくらで買いますか?』と、テアトロ・ガットネーロのストーリーテラーであるメビウスが観客たちに呼びかける。今回のテアトロ・ガットネーロのサブタイトル『-The Auction-』はこの演劇から来ているようだ。

劇はメビウスの語りから始まり、中佐役のシルヴィア(Silvia)と謎の少女Lilie (リリエ)を中心に2人が心の距離を近づけていく様子が描かれるストーリーとなっている。

演劇はアバターのイメージを崩さないよう無言劇で行われるが、アバターの持つ情緒深さや繊細な動きが伝わるようアクターが演技をしているので『今こういう事を語り掛けているんだろうな』というのが自然と頭に浮かんでくる。

ストーリーに想像の余地があるので、見終わった後に客同士で『なんでだろう?』『こうだったんじゃない?』と語り合うなどして、劇終了後もより深く余韻を楽しむことが出来るのが特徴だ。

中盤までは心温まるストーリーとなっているが、ラストの急展開には会場中が唖然となった。
劇の結末は是非会場に足を運んで見に来てほしい。

いつの日か、VRの世界が本当に「生活できる場所」になることを願って。

筆者は演劇に特別詳しい訳ではないが、『テアトロ・ガットネーローThe Auctionー』における荘厳な場の雰囲気の作りや、目の前で繰り広げられるドラマの臨場感はまさにプロが成す業だと感じた。ゲームや映像体験では味わえない、“その場にいるからこそ感じられるハイクオリティなエンターテイメント”だ。

既存のVRエンターテイメントとはまた角度を変えた、デジタルなのにアナログな感覚は非常に新鮮だった。

現在のVRソーシャルのユーザーカルチャーはアバター販売・改変がビックコンテンツとなっている。
多くのVRソーシャルエンターテイメントはアバターに依存しているし、それに付随してクリエイターエコノミーも3Dモデラーに大きく比重が置かれているのが現状だ。

もちろんコミュニティにどっぷり漬かればアバターは必需品となるのでバリエーションが欲しくなるのも頷ける。だがVR未経験のユーザーがいきなり3Dモデルの着せ替えに興味を抱く例は稀だ。

アバター購入以外のエンターテイメントが成長しないことにはVRソーシャルの世界を発展させることは難しいだろう。

こうした課題を解決する最適解がVR劇場テアトロ・ガットネーロなのだ。

テアトロ・ガットネーロは純粋に劇としてのエンタメ性が高く、パフォーマンス目当てに足を運ぶ観客も多い。
そこに現在のクリエイターエコノミーの中心であるアバター販売をミックスさせることでエコノミーの循環が行われるという訳だ。

こうしてエンターテイメントの裾野が広がっていく事により、この世界に新たな経済圏が出来上がるかもしれない。現実の肉体に不自由があったり、様々な事情でリアルの世界で働けない人も、VRの世界に『生活できる場所』ができれば皆と分け隔てなく暮らすことが出来る未来になるかもしれない。

実際、カソウ舞踏団の団長yoikami氏も難病を患っており、リアル世界では身体を動かすこともままならないハンディを背負っている。身体に軽度の麻痺が生じている他、定期的に訪れる発作に苦しめられ、時には命の危険が迫る事もあるそうだ。しかしバーチャルの世界でアバターを着るとこうしたリアルの身体の制約が嘘のように消え、のびのびと演技に没頭できるのだという。

彼と同じく、現実世界の枠組みで活動することが難しい人は大勢存在しているだろう。
だがそういった人たちでもVRの世界ならばリアルの制約から解放され、自身の才能を発揮できるかもしれない。

テアトロ・ガットネーロではそんな未来に対する希望を感じ取る事ができた。

今後ともテアトロ・ガットネーロではVRエンターテイメント及びクリエイターエコノミーの発展を目指して新作劇の制作に取り組んでいくそうだ。

直近の予定としては2月14日/15日に『テアトロ・ガットネーロ-The Auction-』の追加の公演が発表されたので、是非一度足を運んでみてほしい。

■テアトロ・ガットネーロ特設サイト
https://www.k-youhinten.com/teatro-gatto-nero
■黒猫洋品店
https://www.k-youhinten.com/

photo:ロックサーチ(@rocksuch)/ぴちきょ(@pichikyo)