アバターで肉体をアップデート!?『VR感覚』のメカニズムを東大のVR教育研究センター特任研究員に聞いてみた

コンピュータの作り出す情報空間内に没入するVR(バーチャルリアリティ)技術。

近年では、『現実の肉体とは別の姿・形になれる』というアバター文化がVRメタバース(VRSNS)での人気を博している。

VRメタバースで遊んでいると、あたかもアバターが自分の身体であるように感じたり、触覚等インターネット越しでは感じないはずの感覚を感じたり、尻尾等の存在しない器官が存在するように感じることがないだろうか?
メタバースユーザーはそれらの感覚や体験をまとめて『VR感覚』と呼んでいる。

ではVR感覚はどのようなメカニズムで発生しているのだろうか。
VR感覚を感じやすいユーザの特徴とは何だろうか?

また、アバタによって容姿を変えられる時代になった今、我々の心や能力がどのように変化するのだろうか。

今のようにVRメタバースが流行する以前から、一部のVR感覚に類する体験は研究分野で報告されてきている。

そこで、“未来の身体”とも言えるアバターについて、東大のVR教育研究センター特任研究員として働いているダンテ氏に話を伺った。

インタビューにあたってダンテ氏はVR感覚を以下のように分類しています。

・提示していない感覚を感じる(風や熱、触覚、匂い、etc.)
・実在しない感覚器官の存在を感じる(しっぽ、ケモ耳、etc.)
・自分の心の変容する(女の子っぽしぐさをする)

当インタビューでは主に以下の説明をしてくださいました。


1. 錯覚のメカニズムの解説
2. 感度の高いユーザの特徴

3. 未来の身体について

VRにおけるアバターの感覚はどこから発生するの?

基本的に現在個人向けに販売されているVR機器は、視覚と聴覚のみを我々に伝えていて味覚や触覚、匂いなど、そのほかの感覚を我々に伝えてはいない。

にもかかわらず、ユーザの中にはVR体験中に『人に触られた感覚を感じた』あるいは『匂いを感じた』など、現実にはないはずの感覚を感じたことがあると報告しているユーザがいる。

そういった感覚はプレイヤーの間では『VR感覚』という俗称で呼ばれている。
この『VR感覚』と呼ばれているものは脳科学的に言うとどのようなメカニズムで発生しているのだろうか。ダンテ氏によるとこれは大きく分けて2つの原理で説明が出来るのだという。

身体の周りにはバリアが張られている!?『身体近傍空間』

VR空間で自分のアバターに他の人が近づくと、あたかも実際に触られたかのように感じる…。

この感覚は『身体近傍空間(しんたいきんぼうくうかん)』というものが影響していると考えられるそうだ。

『身体近傍空間』※1とは簡単に言うと身体の周りを包むバリアの膜のようなもので、その幕の中に視覚的なものが侵入してくると“ゾワゾワとした感覚”を感じるのだという。
(※1:身体近傍空間は脳が自分に近いと認識している空間のことであり、この空間内では感覚情報が特異的に処理される。)

脳には視覚と触覚の両方を処理・反応する《バイモーダルニューロン》という神経集団が存在する。視覚的な物体(手やナイフなど)が身体近傍空間内に入ると、このバイモーダルニューロンが反応し、触覚反応を感じやすくなる。

これは防衛のメカニズムや、身体を基準とした空間の知覚システムとして全人類が持っている機能だ。
この機能のおかげで例えばこの空間に手が近づいて来たり、ナイフや矢が飛んできた場合、危機を感じ、瞬時に避けることができるのだ。

すなわち、VR空間内で恋人の愛撫やナイフなどの情緒的な意味を持つものが近づくとゾクゾクするのは、バイモーダルニューロンが働き過ぎた結果といえる。

この『身体近傍空間』、実は比較的簡単に拡張することが出来る。

サルを使った脳科学実験では、サルに熊手を持たせてしばらく使い方を訓練させた後、サルに見えるように熊手に棒や手が触れると、サルの脳には自分の肉体が触れたときと同じ刺激が脳に発生するのだという。
つまり、道具を使用した結果、身体近傍空間が熊手付近にまで拡張したのだ。

熟練した楽器演奏者は楽器を自分の身体の一部のように感じることがあるらしいが、もっと日常的な例として挙げるならば、自動車を運転している時に道路の車幅を体感的に感じ取ることができる感覚などがそれにあたるだろう。

VRにおけるアバターは、『ケモ耳』や『しっぽ』など、実際の身体にはないパーツが加えられていることが多い。これらのパーツを長時間使ったことで、脳が身体の一部としてそれらを取り込み、身体近傍空間が広がった。

結果、実在しない感覚器官の存在を感じるという体験(VR感覚)になったと考えれるそうだ。

存在しない匂いを感じる?『クロスモーダル知覚』

触覚に関する感覚は『身体近傍空間』によって説明できたが、VRプレイヤーの中では『においを感じた』『味がした』など、触覚以外の感覚を感じる人も多い。

これについては『クロスモーダル知覚』で説明が出来る。

クロスモーダル知覚とは、異なる複数の感覚を感じることで、感覚情報が多少強くなったり、現実では感じるはずのない感覚が現れたりする現象である。

クロスモーダル知覚について代表的な実験として、東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授 鳴海拓志先生が行った『メタクッキー実験』という実験がある。

これは被験者にプレーンのクッキーを食べてもらう実験なのだが、クッキーにはARマーカーが書かれており、VR機器を付けて見ると視覚的にチョコクッキーに見えるように仕組まれている。
さらに、ユーザーが食べる際に嗅覚ディスプレイでチョコのフレーバーを嗅がせる。すると被験者はチョコの味を感じたと報告したそうだ。つまり見た目と匂いの情報を与えると、味も発生したのだ。

身近なところで言うとかき氷とシロップが近い。
実はかき氷は味は変えておらず、シロップの色とにおいを変えているだけなのだが、見た目と香りが変わるだけで、それぞれ違った味に感じるのだ。

クロスモーダル知覚は主に以下の3つある。

1. ボトムアップ要因で起きるクロスモーダル知覚:
 複数の感覚間が一致していると感じられる情報が得られる場合にそれらの知覚が増強される。
 例. 明るい色-高い音、暗い色-低い音、など異なる感覚情報なのにその間に類似性や一致性を感じる共起表現がある。


2. トップダウン要因で起きるクロスモーダル知覚:
 事前刺激や先験的な知識・経験の影響を受けて感覚刺激の検出能力が変化する。
 他の感覚情報を通じて作られた印象が他の知覚に影響する。
 例. –ベーコンエッグを食べるとき豚の鳴き声を聞くとベーコンの味,鳥の鳴き声を聞くと卵の味を強く感じる。


3. 脳の予測モデルで起きるクロスモーダル知覚
 多感覚情報を統合して尤もらしい事象を構成する。脳はつじつまを合わせたがる性質を持っており、感覚間が矛盾していても、予測する感覚信号と実際の感覚との間の誤差が最小となるように授受する感覚信号を修正する(予測符号化と自由エネルギー原理)。
 例. 視覚中での体の動きと,体性感覚で感じている体の動きとの間に不整合が生じた際に,視覚による情報が優勢になって,擬似的な触力覚が生じる(Pseudo-Haptics)

先述のメタクッキーの例では、チョコクッキーを食べたときの経験によってプレーンクッキーのわずかな甘みの検出力(味を感じる力)が高くなるほか、視覚(チョコの見た目)と嗅覚(チョコフレーバー)との相互作用(チョコ味の予測)によって実際の味との差(プレーン味の実際の味)を埋めようと味覚側の信号を修正したことが考えられる。

実際、メタクッキーをマツタケフレーバーに変えた場合には、予測との誤差が大きいためか、錯覚が起こらずにプレーン味として認識することがわかっている。

VR感覚で度々報告される事象(熱、匂い、味など)もクロスモーダル知覚と同様のメカニズムが働いていると考えられる。これらの事象が起こる際、VR空間上に存在する視覚的な物体に触れたとき、トップダウン要因によって現実の部屋内の熱や体自体の熱、わずかな大気の変化などの検出が敏感になるほか、つじつまを合わせたがる脳の機能によって視覚の影響が強くなったと考えられる。

カノジョの吐息を感じる人と感じない人、その違いは…?

これに関してもう1つ面白い実験報告がある。

PSVRから発売されている『サマーレッスン』というVR恋愛ゲームがある。
その体験デモを2人の被験者に体験してもらったのだが、片方のプレイヤーはVRゲーム内に登場する女の子に息を吹きかけられると吐息を感じ、もう1人は全く感じなかったという。

いったいこの2人の間ではなぜ受け取り方の違いが発生したのだろうか。

実は『吐息を感じた』と報告した人はホストで働いている男性で、日常的に女性と近しい距離で話すことが多い人物だったそうだ。

一方吐息を感じなかった人は女性経験があまり無い人物であった。つまり、目の前のVR映像がこれまでの体験記憶と合致しなかった為、吐息を感じられなかったのだ。

『吐息を感じた』という男性はVR映像で女の子を見ることにより、部屋に流れるエアコンなどの微弱な風や、体を動かしたときに発生する大気の揺れなど、普段意識に上らないような感覚を敏感に察知し、それを吐息として錯覚したと考えられる。

VRプレイヤーから時折聞かれる匂いや熱さなど錯覚についても同様の原理で説明できるだろう。
つまり、目の前に見える映像と他の感覚の整合性を取るために、大気の熱の温度をより敏感に感じられるようになったり、部屋のにおいの検出力が上がるのだ。

錯覚を感じやすい人の特徴

これまで説明してきた『身体近傍空間』『クロスモーダル知覚』は程度の差はあれ、誰しも持っている感覚である。
しかしながら、VRプレイヤーの中でもそういった錯覚を敏感に感じやすい人とそうでない人がいるのはなぜだろう。

これは端的に言うと『感覚情報に対する思い込みの暗示:被感覚暗示性(Sensory Suggestibility)』にかかりやすいかどうかという性格特性が影響していると考えられる。

ほかにも、年齢や物事の結果は他者によってもたらせられたと結び付ける性格の人物、自分の内部の感覚(鼓動、呼吸など、体温の変化など)に対して鈍感な人物など、個人差を作る要因は多々存在している。
こういった個人差を検討することも昨今の研究のホットトピックである。

未来のカラダの可能性、アバターで肉体をアップデート

アバターは今後我々の心や身体能力にどのような影響を及ぼすのだろうか。

本来、肉体というのはゆりかごから墓場まで、生涯を通じて1つの身体しか持てないのが常識であった。
しかしながら、VR空間では自分のなりたい姿をなりたい時に、いくらでも変化させることが出来る。

VRの世界でアバターを操作していると、あたかもアバターが自分の身体のように感じる、という研究は認知心理学・認知神経科学の分野で近年盛んに研究されている。

これを研究することにより、自己というのはどう構成されているのか、また、生身の身体の感覚をより強化したり、拡張できるのではないかという点で非常に注目されているのだという。

仮想空間では色々な見た目のアバターになることができる。
子供のアバターや異性のアバター、ロボット、動物、などなど。

脳科学の研究では見た目が変わると思考も変わるという事が報告されている。

例えばアインシュタインの見た目をしたアバターになると、そのアバターを着た被験者は認知課題のテストの成績が向上するそうだ。
アインシュタインは世間一般的には賢いイメージを持たれているが、そういった潜在的なイメージが影響し、自身もそのような振る舞いをするように考えたり行動したりするのだ。

他にもラテン系やヒップホップなど、音楽のイメージが強い褐色肌のアバターになると、サラリーマン風のアバターを着ている人より打楽器を大きく叩くことが報告されている。

特に課題に対して練習をしているわけでもないのに成績が上がるのはなぜだろうか。
これはアバターを着て見た目を変えることにより、体の動かし方や思考方法などをより具体的にイメージすることができるためであると考えられる。

また、潜在的に持っているステレオイメージにより、見た目の姿に釣り合うような行動を取ろうとすることも要因として考えられるそうだ。
つまり見た目が変わることにより、自分の存在のイメージが上書きされるのである。

精神病の治療にも応用できる可能性

先ほど例を挙げた通り、人は自身の見た目が変わることによって行動や思考も変わる。
アバターはキャラクターとしてのアイコンだけの役割を果たすだけでなく、脳科学的にポジティブな心理的効果を得ることも可能だ。

例えば人の気持ちを汲み取ることが困難な障害を持っている人がVR空間で別の人間の身体をまとい、アバターを介し一人称視点で他人になる経験をすることで、他人への理解がしやすくなるかもしれない。

実際、自分とは違う肌の色のアバターを着ると、その肌の色の人に対し持っていた潜在的な偏見が減ったり、サンゴ礁のアバターになると環境保全の意識が高まるという研究結果も出ている。
今までは抽象的な言葉やイメージでしか推察できなかった他人の気持ちを、VRであれば生の体験として感じることができる為だ。

他にもアバターを着替えることによって、生身の身体では経験できなかった、新たな視点からの対人関係スキルを体感的に学ぶことができたり、強迫観念や恐怖症などの治療に対し認知行動療法的に活用できることが期待される。

また、アバターは人の姿以外にも様々な形状を持つことができる。
例えば遠隔地にあるロボットをVRを通じて操作できるようになれば、人間の身体はロボットの身体性を得られるようになり、人間の能力が拡張できるだろう。ロボットは人の形状をとる必要はなく、第三・四の腕を付加することも可能である。それらの義体に対して自分の体のように認識することができれば、人体の能力を超えた体を獲得できるといえるだろう。

これまで700万年の時を経て進化してきた人類。人々が当たり前のようにアバターを使う将来が訪れれば、人間の能力は想像もできない方向に進化していくかもしれない。

【interview】ダンテ

東大VR教育研究センター特任研究員
アバタへの身体化や心理的な変容、身体能力の拡張に関する研究に従事している。

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