“バーチャルにおけるヒト・コミュニティの橋渡しの場所を作りたい”
そういった思いをもとに作られたユーザー主体の学園型コミュニティ『私立VRC学園』
VR初心者を集めて1コマ45分・授業形式でVRコミュニティについて学ぶ『私立VRC学園』はこれまでに100人以上もの新規ユーザーを受け入れてきました。
そんな『私立VRC学園』の創始者であるタロタナカさんにVRにおけるコミュニティの特性と課題点をお伺いしてきました。
目次
コミュニティの橋渡しを目指して生まれた『私立VRC学園』
VR SNS、特にVRChatのようなユーザーが文化を開拓していくオープンSNSにおいてなのですが、初心者の方がコミュニティに入れなくて躓いてしまうといった点が問題視されるのはよく聞きますね。そういった問題を解決したいと考えて生み出されたのが『私立VRC学園』だとお伺いしています。
タロタナカ:はい、今言っていただいたように初心者の壁がVR SNS、特にVRChatには割と存在すると思っています。
VRChatにはいわゆる“日本人コミュニティ”と言われるような、抽象的ではあるんですけどそういった1つの大きなくくりがあるんですね。
そこに到達できずに、海外の人としか出会えなくて上手くコミュニケーションを楽しめなかったり、無秩序な空間に放り出されて戸惑ってしまうことがあったりします。
それで、ようやくチュートリアルワールドにたどり着いて日本人と知り合えたとしても、深いコミュニティの文化を知るまでにたどり着けなかったり。
僕個人的な話をすると、最初始めたときは日本人の集まる集会場に行って、そこにいる人が談笑しているのを横目で眺めていたり、なんとなく会話はしても翌日また会えるかもわからないし、フレンドになったもののJOINするのもはばかられるというか…。
いわいるちゃんとした意味での友達ってのは作りづらかったんです。
そういう事も含め、初心者の壁って何で構成されているのかなって改めて考えてみたんです。
それで考えて出てきたのが環境要因的な軸と知識的な軸の2つの課題があると思ったんですよね。
タロタナカ:環境的な軸というのはVRChatをやる上で一緒に楽しめる仲間と出会えるチャンスとか可能性ですね。それに対して知識的な軸というのは“そこに行けば何があるのか”とか“この空間にはどういった楽しみ方があるのか”というものです。
その2つの要因を満たすために生まれたのが『私立VRC学園』です。
いままで上級者から教えを乞うというようなものはあっても、同じ空間で横並びに初心者が集まるとか、一緒に学んでいくといったようなものって、組織化されたものが無かったから新しいですよね。
タロタナカ:“郷に入っては郷に従え”という言葉があるように、既存のコミュニティに入って適応するという方法もあるんですが、コミュニティのルールであるとか暗黙の了解のようなものって雰囲気で察して学び取るしかなくて。
そういう曖昧さを学園という構図を作ることによって解消できればと思いました。
私立VRC学園の学園生活について
私立VRC学園ではどのように初心者の人が過ごしているのですか?
タロタナカ:私立VRC学園では平日5日間、1日1コマ45分、全体として2週間という期間を決めてVRの世界を学んでいく形式をとっています。
開校する前に学園の説明会を開いて学園に興味のある人に集まってもらっています。
生徒向けの説明会と講師向けの説明会の2つがあって、講師も有志の方から募集しています。
それで入学してみたいっていう人は学園の用意した応募フォームから応募してもらうといった感じです。
学園の開校後は生徒を1クラス15人程度の数でクラスの割り振りをします。
クラスでは担任の先生も付けます。
担任の先生というのは基本的にはワールドのインスタンス管理をしてもらう感じなのですが、そのクラスの顔として結構頑張ってくれてすごいなと感謝しています。
授業はどんな風に行われているんですか?
タロタナカ:授業には必修授業と選択授業があります。何が違うのかというと、必修授業はどのクラスに対しても平等に同じ授業を行うということ。
選択授業は生徒が自分の取りたい授業を取るといったものになります。
必修授業はVRコミュニティについての歴史であるとか、この空間でどんなことが行われているのかという文化的な話をしたりが主流です。
選択授業はもう少しニッチな話でアバターの技術的な話であったり、専門性の高いものを教える授業になります。
また、学園における目的の1つに「教えるを気軽にする」というのがあるんですよね。
一般的に何かを教えるということには一定の責任が伴うものだと思っているんです。時には資格が求められるし、お金が発生する場合もある。
ただ、このVRChatという空間のもつ創造的な空気だったり、ユーザーの基礎リテラシーの高さから「これは1つの視点に過ぎないし、授業内容は必ずしも正しいとは限らない」というような意識が学園全体に行き渡っているというのが、非常によい点であると言えます。
なので、講師を希望する方々は自分の持っているスキルや知見をプレゼン大会のようなノリで気軽に話せるのかなと思っています。
本当に学園生活をなぞるようなスケジュールで行われているんですね。
授業があって、担任の先生がいて。入学式や卒業式も行われているという事で。それだけでも体験としておもしろい空間になっていますよね。
タロタナカ:そうですね。
学園は0期~3期までやっていて、合計すると4回行っているんですが、0期が32名くらい、1期が47名、2期が30名、3期が一気に増えて100名入学しています。
なので現在では200名以上の卒業生がいることになりますね。
3期は6クラスもあったんですよ!
学園を運営して感じたコミュニティ形成と依存性
当初の目的から踏まえて実際に学園を運営して感じたことや知見を教えていただけますか?
タロタナカ:自分で言うのもアレなんですが、0期・1期をやった時点でめちゃくちゃ成功したと思いました。
というのも自分の予想していた求めていた空間というのがちゃんと記述されていたんです。
僕が思う学園生活って言うのはもちろん授業も大事だったりするんですけど、この空間自体が重要だと思っていて、私立VRC学園では期間が2週間。毎日夜10時~11時の間に絶対ログインするというルーティーンがあって、実際に学園のワールドに入ったら毎日顔を合わせているメンツがそこにいる。
で、そこで毎日顔を合わせて他愛もない話とか、会話をしなくてもいいけど、昨日の授業どうだった?とか、今日の授業こうだよね、とかそういう話が授業前に飛び交っている空間が出来ている…。
今までのVR空間って絡みたい奴と絡むっていう空間だったと思うんですよ。
タロタナカ:仲のいいメンツと一緒に過ごすっていうのは行われていたと思うんですけど、実際の学校だったり人間関係って特別一緒に遊びに行くような友達じゃなくても学校内でよく話をする人とか、卒業後に連絡取りあうような親密な仲まではいかない人とかいるじゃないですか。
そういう風に関係性って幅があると思うんですよね。
特に話をするわけじゃないけどアイツはいいヤツだとか、おもしろい人だよねとか。
そういった関係性を担保したいなって思ってたんですよね。
私立VRC学園では毎日同じ空間に居合わせることによって名前も知ってるし顔も知ってるし、どういう奴かも知ってるけど別に積極的に絡むような人じゃない、みたいな関係がちゃんと築きあげられてるんだなって言うのはすごく手ごたえを感じましたね。
それは面白いですね。
VRChatもそうですけど、今のコミュニティって自分の心地よいコミュニティを能動的に選ぶじゃないですか。
SNSのフォローや情報の仕入れも全部自分がチョイスする時代ですよね。
だから人間関係でもなんでも偏りがちになるよねって言うのがあって、それが良い面もあるんですけど、一方で閉鎖的になるよねって言う部分もあって。新しい情報や価値観が入ってこないのは問題点だと思うんですよね。
なのでこういったふわっと集まる空間でつながる事によって価値観のアップデートが行われるというのはいいですね。
タロタナカ:学園という存在がそういった偏りをかき乱せてるのはいいと思います。
タロタナカ:一方予想してなかった面もあります。
“学園”という存在が、ある種のレッテルとして機能してしまっているというのが予想外でした。
僕がこの空間において一番重視しているのが“この空間は場である”という事なんです。
学園っていう空間は生徒が入学してきて、卒業していくという1つの環境に過ぎないし、この空間を通して1種の可能性が育まれるのであればよしとする空間であるので、もっと透明性の高いフラットな空間になることを目指していたんです。
ですが実際は入学生・卒業生の間で“われらVRC学園”のような空気感が生まれたのは当初の目論見とは違う部分でした。
つまり『アイツどこ中学出身だからよォ~』みたいなのが生まれたって事ですね。
タロタナカ:そうそう。
僕らは特にそれを押し付けている訳じゃないんですが…。
やはり学園生活を模してるっていうのがそういったものに繋がるんでしょうか。
例えば現実だったら塾はそういうのが発生しないじゃないですか。
あいつ〇〇塾だから、みたいな派閥ってないと思うんですよね。だからタロさんのイメージしていたVRC学園の在り方というのは塾に近しいような存在なのかと思いますが、でもそういうものではなく、学園というコミュニティが新たに発生したのですね。
タロタナカ:VRC学園を卒業した後も学園のことを誇りに思ってくれたり、学園で出来たグループの関係性が続くのはいい面もあるんですが、逆に学園のコミュニティが絶対になって、コミュニティとして排他的な印象を生んでしまう可能性があるというのは危惧すべき点なのかなと思います。
自由に自己表現が出来る『居場所』は依存にもなり得る
熱心に思ってくれる人が多いって言うのは嬉しい話ではありますけど、そういった面も発生しるんですね。
でも1つ不思議に思う事があって、現実の学校では…そういうのがあるといえばありますが、いわゆるオタクコミュニティではあんまり発生しないと思うんですよね。
『学園サイコー!』みたいな。
そういうのってどちらかというと毛嫌いされるのかなと思ってたのですが…。
VRを遊ぶ層って言うのはどちらかというとオタクコミュニティ寄りかと思うんですが、いわゆる(スラング的な表現ですが)陽キャ、とか、ギャル・ヤンキー的な、クラスで目立つ明るいコミュニティで発生しうる学園愛が生まれているのは面白いなと思います。
タロタナカ:おそらくですけど、彼ら自身この空間を明確に居場所だと思ってくれているからというのがあると思ます。
リアルの学校は色々な人種がいるので階層の幅が広いと思うんですね。
なのでクラスに受け入れられている人たちが『俺らの空間』っていう風に学園を自分のコミュニティとして愛を持つのかと思います。
一方VRC学園ではVRユーザーという専門性が高いコミュニティなこともあって、みんなそれなりに似たような価値観を持って集まっていますし、外見や年齢で判断されないところが学園に愛着を持ってくれる要因になるのかなと思います。
タロタナカ:あとはVRSNSコミュニティの環境が影響していると考えていて、一般的なVRChatのコミュニティ形成は、すでに確立されているコミュニティに新規参入するというのが主要であるのに対し、VRC学園ではコミュニティが形成されていない状態で人が集められるので、誰に対しても平等に学園という空間がある種の「入り口」として機能する。
そしてこの空間の中で自己アイデンティティが育まれることによって学園とここにあるコミュニティが自分の居場所/居心地の良い空間として機能してゆくのかなと思います。
また、コミュニティを運営・デザインする者としてこの「居場所」という言葉についてはさまざまなことを考えるのですが、この言葉には多くの良い要素を包括する反面、依存や極化を助長してしまうのではないかという恐れもあるのかなと思います。
これは学園のみならず、他のVR SNSコミュニティ、ひいてはVRだけじゃないコミュニティにも言える部分があるのですが、そこが自分の居場所だと強く思えば思うほど『失うこと・変化することがリスクだと思い込んでしまう』、そしてその結果より内向きに閉じこもってしまうという可能性は常に孕んでいるなと考えます。
ここにおいて一概に善悪を語ることはできないと思うし、べき論で語れるものでもないと思いますが、可能性としてそういった内向性・極化現象は盲目性や偏った善悪の基準を生んでしまうかもしれない。そしてそれによって新しさや挑戦を拒んでしまうというのはなんだか少し勿体無いのかなとは思います。
タロタナカ:この問題をより深く記述するための1つとして、VR空間って割と色々なことをあいまいにして過ごせちゃう空間だよねっていうのがあって、例えば性別の観念もはっきりしないし、外見だって選べちゃうし、その人の立場や環境、リアルの話もあいまいにできる。
でもそれって良い側面と悪い側面を両方持っていると思っていて、そういった煩わしさやバイアスから無関係であるという自由さがある、広い選択肢を与えてくれる反面、いろんなことを誤魔化せてしまう、悪い意味でなかったことにもできてしまう空間なんじゃないかと思います。
なので、よく捉えれば今まで囚われてきた観念や常識の影響を受けずに自己表現ができるという側面があるけれど、一方ではそういった問題に直視しなくても過ごせてしまう、そして空間としてそれを受け入れてくれるという「依存先」になりうる要素を持っていると考えます。
本当にインターネット空間上でそこまで考える必要があるのか、という視点もあるかとは思いますが、VR SNSという今まで以上に人との関係性が重視される、より人間的な交流が行われている空間だからこそ、できる議題なのかなと僕は思います。
なるほど。
バーチャルは現実の課題を無いものとして過ごせる特殊な空間であるがゆえに、VRを通す事で見えなくなっている問題があたかもクリアされたような気持ちになってしまいがちなのですね。
それを認識せず、“バーチャルこそが真の姿だ”と、変な方向に激化してしまうのは危険かもしれませんね。
今後の運営・第4期募集について
第4期は6月ごろ開講するという予定を聞いているのですが、4期はどのようにして運営していこうと考えていますか?
タロタナカ:今生徒の人数も増えてきているので運営体制を整理して開催したいですね。
それからVRChatユーザーやVRに興味のある層に対して、VRC学園というのがどのような存在なのかというのをもっとオープンに打ち出していきたいです。
授業の形態事態はあまり大きく変えるつもりはないので、VRC学園に興味のある人は今後行われる生徒募集に応募していただけると嬉しいです。